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スタートアップとのオープンイノベーションを成功させる契約書の作り方―前編―弁護士が解説!知財戦略のイロハ(9)前編(3/4 ページ)

本連載では知財専門家である弁護士が、知財活用を前提とした経営戦略構築を目指すモノづくり企業が学ぶべき知財戦略を、基礎から解説する。第9回は前後編に分割して、スタートアップとのオープンイノベーション時に留意すべき契約の内容などを説明する。筆者は経産省/特許庁が公開した、オープンイノベーション促進のための「モデル契約書」作成にも関わった。その経験からオープンイノベーションの意義や課題を踏まえた解説を行う。

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スタートアップとのNDA締結時に注意すべき点

 以下では、秘密保持契約(以下、NDA)をスタートアップと締結する場合の留意点をモデル契約書に言及しつつ検討します。なお、モデル契約書は、もっぱらスタートアップのみが重要な守秘情報を開示する事例を前提に作成されていることに留意してください。

公表条項

 スタートアップは、VCなどの投資家から、短期間の間に資金調達を繰り返しながら、大きな利益を出していくことを目指しています。その中で次回の資金調達につなげるべく、将来のキャッシュフローの道筋を示すために、多くの事業会社との協業実績を少しでも早く公表したい、と希望する場合が少なくありません。また、社歴の浅いスタートアップにとって、事業会社との協業は自社のブランディングの観点からも重要となってきます。

 しかし、秘密情報の定義の仕方にもよりますが、協業を検討開始した事実を公表する行為は、守秘義務違反になるおそれもあります。しかし、公表の許可を事前に事業会社内で与えようとしても、社内決裁などで多くの時間がかかることも珍しくはないでしょう。

 これらを踏まえると、事前の許諾なく公表できる事項を契約書に明記しておく必要があります。実際にモデル契約書にも以下のような条項が入っています。

秘密保持契約第2条6項

 本条第1項ないし第3項の定めにかかわらず、甲および乙は、相手方の事前の承諾なく、以下の事実を第三者に公表することができるものとする。

 ・甲乙間で、甲が開発した放熱特性を有する新規素材αを用いた共同研究の検討が開始された事実

※甲=スタートアップ、乙=事業会社

次段階への移行期限

 上述の通り、スタートアップは、次回資金調達につなげるため、できるだけ早く、1社でも多くとの事業会社との協業実績を作る必要があります。そのため、ある事業会社との間で協業が(少なくとも一定の期間内に)実現不可能ということになれば、早期に別の事業会社との協業に進みたい、と考えるのもやむを得ないでしょう。

 そこで、NDA締結後に開示した情報を基に、次段階に進むか否かを決定する期限を設定する必要があります。ただし、状況次第では当該期限を延ばすことが当事者双方にとってメリットになり得るので、期限延長の余地は残しておいた方が良いでしょう。例えば、モデル契約書では以下のように定めています。

秘密保持契約第7条

 甲および乙は、本契約締結後、技術検証または研究開発段階への移行およびPoC契約または共同研究開発契約の締結に向けて最大限努力し、乙は、本契約締結日から2カ月(以下「通知期限」という。)を目途に、甲に対して、PoC契約または共同研究開発契約を締結するか否かを通知するものとする。ただし、正当な理由がある場合には、甲乙協議の上、通知期限を延長することができるものとする。

※甲=スタートアップ、乙=事業会社

秘密情報の定義

 NDA締結後の情報開示までに、スタートアップが自社のコア情報についての特許出願を終えていない、あるいは不正競争防止法上の「営業秘密」として保護されるだけの体制を整えていない、という事態は少なくありません。そのため、何が営業秘密であるかの線引きを明確にしなければ、情報のコンタミネーションが生じてしまい、本来事業会社の情報であったにもかかわらず、「事業会社がスタートアップの情報を盗んだ」という誤解が生じる恐れがあります。その場合には大きなレピュテーション(評判)リスクを抱えることになります。

 そこで、営業秘密の線引きをより明確にするべく、NDAの別紙で具体的に特定することが望ましいでしょう。モデル契約書にも別紙での特定を前提とした条項があります。

秘密保持契約第1条

 本契約において「秘密情報」とは、本目的のために、文書、口頭、電磁的記録媒体その他開示等の方法および媒体を問わず、また、本契約の締結前後にかかわらず、一方当事者(以下「開示者」という。)が相手方(以下「受領者」という。)に開示等した一切の情報、本契約の存在および内容、甲および乙の協議・交渉の存在およびその内容、および、これらを含む記録媒体、ならびに、素材、機器およびその他有体物(別紙1に定めるものを含むが、これに限られるものではない。)をいう。

※甲=スタートアップ、乙=事業会社

 なお、昨今、スタートアップのアイデアが事業会社に横取りされている疑いがある事例がいくつも報告されています。これを鑑みると、この手法は事業会社にとっても、自社が不当に流用してはいけない「秘密情報」の境界線が明確になる、という意味でメリットがあるといえるでしょう。

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