スタートアップとのオープンイノベーションを成功させる契約書の作り方―前編―:弁護士が解説!知財戦略のイロハ(9)前編(2/4 ページ)
本連載では知財専門家である弁護士が、知財活用を前提とした経営戦略構築を目指すモノづくり企業が学ぶべき知財戦略を、基礎から解説する。第9回は前後編に分割して、スタートアップとのオープンイノベーション時に留意すべき契約の内容などを説明する。筆者は経産省/特許庁が公開した、オープンイノベーション促進のための「モデル契約書」作成にも関わった。その経験からオープンイノベーションの意義や課題を踏まえた解説を行う。
なぜ“うまくいかないオープンイノベーション”は起きるのか
経済産業省が公開した「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(第二版)」(リンク先PDF)では、事業会社がスタートアップを十分に理解できず、オープンイノベーションがうまくいかないケースがあると指摘されています。
例えば、同省が公開する「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会 報告書」においては、「事業部門があるベンチャー企業への出資と共同開発の構想を進めていたが、成果物の帰属割合につき、出資する以上は全て取得してしかるべきとの法務部門のこだわりにより、当該ベンチャー企業との間で契約条件が折り合わず、お互いの熱が冷めた」という趣旨の意見が掲載されており、注目に値します。
なぜ、このような現象が起きるのでしょうか。これを理解する上では、従来、国内企業の法務部が担ってきた役割に注目する必要があります。
国内企業法務部は「守り」の役割を担ってきた
同報告書内では、国内企業の法務部は米国と比較して経営陣との距離が遠い点が課題だと指摘されています。
これまで国内企業法務機能の中心的な役割は、法務・知財リスクを最小化し、リスクを顕在化させないという「守り」にあったといわれています。つまり、法務部員の人事評価は担当したプロジェクトが生み出した事業上の成功ではなく、法務、知財リスクを最小化し、顕在化させなかったかどうか、という点に重きをおいていた企業も少なくなかったと思われます。
そうすると、法務部にとっては、事業上のメリットは大きいものの、法務リスクが大きい取引を積極的に進めるインセンティブが少ない、ということになってしまいます。そのため、成果物がスタートアップ側に帰属する可能性がある共同プロジェクトのリスクを、過大に評価してしまいかねません。
両社Win-Winの契約をいかにして作るか
また、契約交渉における法務部の役割の1つに、いかに有利な契約条件で契約を締結できるか、というものが挙げられます。この点が強調され過ぎると、結果的に「有利な契約条件」が「当該取引を通じた事業上の成功」よりも重要な価値を持つことになってしまうおそれがあります。
しかし、長期的な目線で事業会社とスタートアップ双方がWin-Winの関係になるには、両社の事業成功が必須です。事業会社のみがスタートアップから“搾取”する形では、当該事業会社はスタートアップコミュニティーで悪名高い存在となってしまい、その後、有力なスタートアップとのオープンイノベーションに取り組むチャンスを失いかねません。この“搾取”の具体的な現れについては、公正取引委員会が公開している「スタートアップの取引慣行に関する実態調査(最終報告)」もご参照ください。
事業会社のプロダクト・サービスを利用しているスタートアップなど、自社事業とシナジーの高い事業を展開するスタートアップとのオープンイノベーションでは、Win-Winの関係を構築することが事業会社のメリットにもつながります。例えば、クレジットカード業界大手のVISAは、スマートフォンやタブレット端末をクレジットカードリーダーとして利用する技術を開発するスクエアというスタートアップに出資し、自社の売上基盤を拡大しています。
他方、スタートアップばかりが成功する形では、事業会社に特段のメリットがありません。これでは、四半期毎に決算報告を行い、株主からの厳しい意見にさらされる上場企業として、スタートアップとのオープンイノベーションへの取組みを継続することはできないでしょう。そのため、事業会社はスタートアップの性質や考え方を理解し、Win-Winの関係を構築するべく努力する必要があります。
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