“不確実”だからこそ必要な「設計力」と「デジタル人材」の強化:ものづくり白書2020を読み解く(3)(4/5 ページ)
日本のモノづくりの現状を示す「2020年版ものづくり白書」が2020年5月に公開された。本連載では3回にわたって「2020年版ものづくり白書」の内容を掘り下げる。第3回では“不確実”な世界だからこそ製造業に求められる「設計力強化の必要」と「人材強化の必要」について解説する。
デジタル化に必要な人材強化の必要性
2020年版ものづくり白書では、日本の製造業がデジタル化を進める場合のボトルネックとして、人材の「質」的不足を挙げている。それでは、ダイナミック・ケイパビリティを強化するデジタルトランスフォーメーションの実現には、どのような人材が必要とされているのだろうか。
既出のアンケートにおいて工程設計力が低下した理由をみると、79.4%が「ベテラン技術者の減少」、19.1%が「間接部門の人員削減」と回答しており、ベテラン技能者の退職や人材不足は、エンジニアリングチェーンにも深刻な影響を与えていることが分かる(前掲:図7)。
一方、工程設計力が向上した理由を確認すると「生産技術、製造、調達といった他部門との連携強化(79.2%)」「営業、アフターサービスなどから顧客ニーズのフィードバックを強化(26.5%)」「デジタル人材の育成、確保(22.5%)」が上位に挙がっており、デジタル人材の活躍による部門間連携がエンジニアリングチェーンの強化に有効であることが示唆される(前掲:図6)。
しかしながら、日本の製造業においてデジタル人材の供給は十分に進んでいるとはいえない。「IT人材白書2019(情報処理推進機構)」の中でIT企業やユーザー企業に対して行われたアンケートによれば、特にIT人材の「量」の不足感が強まっている(図15)。デジタル技術を理解しているIT人材の質・量両面での供給不足は、デジタル化によるエンジニアリングチェーンの強化に向けた課題の1つとなっている。
製造業のデジタル化に必須となるシステム思考
2020年版ものづくり白書では、製造業のデジタル化に必要な人材の能力として「システム思考」と「数理の能力」を挙げている。
エンジニアリングチェーンを強化するためには、各部門の個別最適ではなく、全体最適を考慮してビジネス全体を俯瞰する「システム思考」と呼ばれる能力も重要となる。より具体的には、複数の専門分野にまたがる事象を統合して全体としてのシステム成功のために必要なアプローチと手段を構築する力を指し、「システムズエンジニアリング(システム工学)」として米国において体系化された。
既に述べたように、日本の製造業における部門間の連携は必ずしも十分とはいえない状況にあり、システム思考に必要な「チームでの協働(協創)」の妨げとなっている。部門間を越えたデータ連携を進め、バーチャル・エンジニアリング環境を整備することは、日本の製造業におけるシステム思考の導入を容易にするものと考えられる。
なお、現在このシステム思考については、国内では慶応大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科などを中心に講座が提供されており、多くの卒業生が輩出されている。部門間のデータ連携やバーチャル・エンジニアリング環境の整備と平行して、このようなシステム思考のできる人材を育成することで、エンジニアリングチェーンを強化していくことが重要となる。
「数学」の知識や能力を有する人材の重要性
さらに、2020年版ものづくり白書では、製造業のデジタル化を進め、そのダイナミック・ケイパビリティを強化する上で「数学の知識や能力を有する人材が非常に重要になる」と述べている。ここでいう「数学」は、純粋数学、応用数学、統計学、確率論、さらには数学的な表現を必要とする量子論、素粒子物理学、宇宙物理学なども含む広範な概念を指す。2020年版ものづくり白書では、数学にまつわる能力を下記のように評価している。
- 数学の能力は、デジタル化した製造業に不可欠なデータ分析、モデリング、シミュレーションにおいて大いに発揮される。特にAIと人間との協調・協働においては、数学がAIの制御をはじめ、学習データや推定結果の信頼性を高めるために必要となる。AI以外にも、VR、AR、マテリアルズ・インフォマティクス、量子暗号や量子コンピュータなど、製造業に大きなインパクトをもたらすと予想されるデジタル技術革新の多くが、高度な数学の能力を要する
- 数学は「モノや構造を支配する原理」を見いだすための普遍的かつ強力なツールであり、数学の力によって、将来の変化が起こる前の予兆の検出、予測の精緻化、ビッグデータを重要な部分にのみ着目して活用することなどが可能となる。この数学の能力は、ダイナミック・ケイパビリティの要素の1つである「感知」を格段に強化する
- 前述したように、今後は全体最適を考慮してビジネス全体を俯瞰するシステム思考が重要性を増してくる。言い換えれば、具体的な課題を抽象化・一般化することによって俯瞰し、統合的に解決する能力が以前にも増して求められることになるが、その抽象化・一般化において、数学的な思考は大きな力を発揮する
- 数学は、ライフサイエンス、ナノテクノロジー、環境科学、材料科学、物理学、化学、金融工学、経済学、社会学などさまざまな分野の科学技術の基盤となるため、数学の進歩は各分野の発展をもたらすほか、数学を軸とすることで異なる分野の課題を共通化し、分野融合的な技術開発が可能となる。ダイナミック・ケイパビリティ論に従っていうならば、数学は、異なる分野の知識を融合させて新たな価値を生み出す「共特化」を可能にする
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