新技術の対立構造に見る、サプライウェブ時代を見据えた戦略的投資の難しさ:サプライチェーンの新潮流「Logistics 4.0」と新たな事業機会(11)(2/3 ページ)
物流の第4次産業革命ともいえる「Logistics 4.0」の動向解説に加え、製造業などで生み出される新たな事業機会について紹介する本連載。第11回は、サプライウェブ時代を見据えた戦略的投資を検討するに当たって、有望なターゲットと成り得る幾つかの領域と、その選定に際しての視点を紹介する。
RFID vs. 画像認識システム
RFIDは、サプライチェーンの効率化を実現する上で有用なツールといえるでしょう。しかしながら、現状の単価水準では、製造から販売までの全ての工程で効率化のメリットを享受できるSPA(Specialty Store Retailer of Private Label Apparel)でもない限り、RFIDタグを使い捨てにすると投資対効果を得られません。故に、今までは、本連載の第2回目で取り上げたボッシュ(Robert Bosch)のように、コンテナやパレットといった繰り返しでの使用を前提とした物流資材に取り付けて使用することが一般的でした。
そのRFIDタグの単価が生産量の加速度的増加や材料・プロセス技術の高度化などにより大幅に下落しています。2020年1月、東レは高性能半導体カーボンナノチューブを用いた塗布型RFIDを作製し、塗布型半導体として世界初のUHF帯電波での無線通信を達成しました。本成果を活用することで、RFIDタグのコストは2円以下になるといわれています。事業化までに、今後2〜3年を要するようですが、かつて100円を超える金額だったことを考えると、隔世の感を禁じ得ません。
単価が1円を切ったとき、RFIDタグはバーコードのように使い捨てができる存在になるでしょう。その利便性の高さを認識するに、RFIDタグでの管理が一気に一般化する可能性もあります。
第1に、RFIDは一度に複数のタグを非接触通信で読み取れます。バーコードのように、1枚1枚スキャンする必要はありません。カゴの中に入っている複数の商品を一度に確認できるので、レジの生産性は飛躍的に高まります。店の出入口にタグを読み取ることのできるゲートを設置し、決済システムと連動させれば、そもそも「レジでの精算」というプロセスを解消できるかもしれません。店を出るとき、自動で精算されるので、万引きもなくなります。
棚卸や検品の生産性も顕著に向上するでしょう。商品が置かれている棚にリーダーをかざせば、そこにある商品を一度に確認できます。ダンボールの中に入っている商品も、フタを開けて中から取り出す必要はなくなります。
記憶容量がバーコードよりもはるかに大きく、データを書き込めることも特徴です。コンビニのように大量の商品を取り扱う企業においても、SKU単位ではなく、商品個体ごとに異なるコードを付与できるので、異物の混入や汚染、腐敗といった事故が発生したとき、リコールの対象とする商品の絞り込みや原因の追及が容易になります。食品で使用されるようになれば、トレーサビリティーの向上により食の安全性も高まるでしょう。
では、RFIDタグの単価は、いつ1円を切るのでしょうか。コンテナやパレットといった物流資材にタグを付けても、ロット単位でしか管理できません。タグでの個体管理が一般化したとき、物流資材に取り付けたタグやそのタグを読み込むためのリーダーは不要となります。近い将来、1円を切るのであれば、最初から使い捨てを前提とした仕組みの導入を検討すべきでしょう。
他方、1円を切るようになるまでには、まだ相応の時間を要すると考える識者も少なくありません。中には、1円を切ることは不可能と述べる識者もいます。その通りであるなら、物流資材にタグを付けることでの効率化を検討すべきかもしれません。つまるところ、RFIDタグの単価の推移をどう見立てるか次第で、投資の方向性が大きく変わるわけです。
実は、RFIDには有力な代替ソリューションが存在します。カメラやセンサーを組み合わせることで実現される画像認識システムです。画像認識の精度と速度が格段に向上したとき、RFIDタグは必要でしょうか。ウォルマート(Walmart)では、物流センターでの在庫の棚卸にドローンを活用していますが、商品の場所や数量は画像データで把握しています。アマゾンの無人コンビニ「Amazon Go」も、RFIDタグを使うことなくレジレスを実現しています。画像認識では、カゴや箱の中に入っていたり、折り重なったりしている商品の数量を把握することはできませんが、逆にいえば、RFIDに期待されるその他の機能のほとんど全てを代替可能です。そして、RFIDタグを貼るという追加のコストは発生しません。複数の企業間での共通利用を可能とするための規格化や普及に向けた仕組みの構築も必要ありません。そう考えると、画像認識システムが先んじて一般化したとき、RFIDは「時代の徒花」になる可能性さえあるでしょう。
サプライチェーンの効率化を図る企業からすると、「商品個体にタグを付けるのか」「物流資材にタグを付けるのか」だけではなく、「タグなのか」「画像認識なのか」も投資の意思決定を左右する重要論点となります。価格のみならず、認識の精度や速度も適正に評価した上で、経済合理的に正しい判断を下すことが肝要です。
加えて、仮に経済合理的には全ての商品にタグを貼ることが正しいとの判断を下せたとしても、その業界に属する企業の大半が画像認識システムの活用を選択したとすれば、RFIDを使うことの価値は大幅に減少します。Amazon Goのような仕組みがいち早く普及し、グローバルスタンダードになってしまえば、RFIDタグの価格がどれほど下がろうと、日本でしか使われない「ガラパゴスツール」となる可能性もあります。
VHSとβマックスで争われたビデオテープの規格戦争のように、初期の技術的優位がデファクトスタンダードの地位を得るための必須要件ではなく、かつ、一度その地位が確立されてしまえば簡単には揺るぎません。サプライウェブの世界における「次世代のVHS的存在」を的確に見極めることが重要といえるでしょう。
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