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ターボブロワの遠隔監視で売上高1割増、100年企業が取り組むデジタル変革の第一歩製造業のサービス化

「モノからコトへ」で注目を集める製造業のサービス化だが、実際には多くの企業が従来型の「モノ売り」から新たなビジネスモデル転換に苦慮しているのが現実だ。その中で、新明和工業の流体事業部では、ターボブロワ製品の遠隔監視サービス「KNOWTILUS」の提供を開始し、同製品の売上高10%アップを実現しているという。同事業部の取り組みを紹介する。

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 IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などデジタル技術の進展により、製造業では「モノ売り」からデータを生かしたサービス提供を付加する「コト売り」へとシフトする動きが出てきている。

 しかし、「モノ」の作り込みを中心としてきた製造業にとって、デジタル技術を生かしたサービスビジネスの構築は簡単なことではない。社内にこれらを専門で推進する組織がない他、製品領域によっては「モノ」以外のサービスは無料だとする商習慣がある場合もあるからだ。

 こうした中、100年企業でありながら、IoTやAIを駆使した次世代型製品の開発とサービス事業拡大に取り組み、一部製品で成果を生み出しつつあるのが新明和工業である。

モノ売りからコト売りへシフトチェンジ

 新明和工業は1920年に川西機械製作所として創業し、2020年2月に創業100周年を迎えた老舗の機械メーカーである。第二次世界大戦前、戦中には二式大艇や紫電改などの航空機を製造していた歴史を持つ。現在は、航空機、特装車、流体、産機システム、パーキングシステムの5つの事業部で、それぞれの製品の開発と販売を行っている。

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新明和工業 流体事業部 営業本部 製品戦略営業部 部長の山本新吾氏

 各事業部がモノづくりを突き詰めてきた中で、2021年3月期を最終年度とする3カ年の中期経営計画「Change for Growing, 2020(CFG2020)」では「IoTやAIなどを駆使した次代型製品開発に注力」「ソリューション提案力、サービス体制の強化」を掲げ、新たな方向性を示した。その中で先陣を切ったのが、排水関連機器やポンプなどを取り扱う流体事業部である

 流体事業部では、排水処理のコア装置であるターボブロワの遠隔監視サービス「KNOWTILUS(ノーチラス)」を開発し、2019年9月1日から販売を開始した。

 新明和工業 流体事業部 営業本部 製品戦略営業部 部長の山本新吾氏は「流体事業部で扱う製品群はコモディティ化が進んでいるものが多く、製品単体で差別化が難しくなっていました。一方で、ユーザーとなる工場の排水処理施設では、設備保全に人手やコストをかけたくないとするニーズがありました。「KNOWTILUS」は、当事業部が“モノ売りからコト売りへ”のビジネスモデルを転換していく上での土台となる取り組みだと考えています」と背景について説明する。

設備保全の人手とコストを削減する「KNOWTILUS」

 ターボブロワは、食品メーカーや製紙会社など、大量に水を消費する工場の排水処理や下水処理で不可欠となる曝気(ばっき)を行うための装置となる。汚水に空気中の酸素を吹き込むことで、汚れの原因となる有機物を分解するバクテリアを活性化し浄化する。

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新明和工業のターボブロワを操作する様子(クリックで拡大)

 新明和工業 流体事業部が手掛ける主力製品には、設備用水中ポンプや水中ミキサなどさまざまな機器がある。その中で、IoT化の促進にターボブロワを選んだ理由について「ターボブロワは排水処理施設の中でも重要な設備の1つで、顧客からのメーカーサポートに対する潜在ニーズはもともと高いものがありました。それでいながら、従来のターボブロワでは、発生しているエラーが現場に行くまで確認できませんでした。顧客先で装置が止まったまま放置されていたと聞いたこともありました」と山本氏は語る。

 さらに新明和工業 流体事業部 小野工場 設計部の山田和也氏は、顧客先におけるターボブロワの運用実態をとらえつつ「現場では、少子高齢化による運用管理者の不足が深刻化する一方で、環境対応などにより管理の厳格化が進んだことで工数が増加しており、大きな問題となっています。ターボブロワの販売台数が増えるのに伴い、こうした課題が顕在化してきました」と語る。これらの課題解決こそが顧客に提供する最大のコト(顧客体験価値)になると考え、「KNOWTILUS」の開発を行った。

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新明和工業 流体事業部 業務部 IT管理課の角野浩司氏

 また、ターボブロワは排水処理場において主要機器に位置付けられている。そのため、新明和工業にとっては重要な戦略製品となっている点もターボブロワで遠隔監視サービスを行う理由だ。

 新明和工業 流体事業部 業務部 IT管理課の角野浩司氏は「社内ではターボブロワを顧客の懐に入り込むための『ドアオープナー』と呼んでいます。この装置を入口とすることで水中ポンプや水中ミキサなど関連製品の提案をしやすくなるからです。遠隔監視サービスを組み合わせることで、ターボブロワを見守りつつ継続的なコンタクトを取ることが可能となります。顧客とのつながりを一層深めることができます」と狙いについて語っている。

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KNOWTILUSのシステム構成図(クリックで拡大)出典:新明和工業

 では、具体的に「KNOWTILUS」はどんな働きをするのだろうか。

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新明和工業 流体事業部 小野工場 設計部の山田和也氏

 「KNOWTILUS」ではまず、ターボブロワの制御システムの情報を25項目にわたって取得し、これを機器内に設置されたIoTゲートウェイを通じて機器外部に設置されたアンテナにより、クラウド環境に送る。これにより、ターボブロワのさまざまな運転状態や設定内容をインターネット経由でどこからも確認できるようになる。ポイントはUI(ユーザーインタフェース)で「ターボブロワの機器に設置された制御画面と近い作りにしており、現場の担当者でも分かりやすいデザインにしています」(山田氏)。

 また、ターボブロワに不具合が生じた場合も、あらかじめ登録したメールアドレス宛にエラー内容と対処方法が通知されるため、機器のダウンタイムを最小限に抑えられる。さらにAIを活用した運転データの分析により、ターボブロワに故障やエラーが発生する前の事前対処や突発的なトラブルの回避にも貢献する。「このように『KNOWTILUS』は、多くの顧客にとって懸案となっている設備管理業務における人手不足の問題を解消するとともに、予防保全による安定稼働を実現するソリューションです」と山本氏は強調する。

photophoto 【左】「KNOWTILUS」の画面(赤丸部)。機器の制御画面と同じようなUIとなっている。【右】機器内のIoTゲートウェイ(青丸部)。同ゲートウェイで情報を取得し左画像青丸部のアンテナを通じてクラウドへデータを送る(クリックで拡大)

パートナーとの協力で再挑戦により生まれた「KNOWTILUS」

 「KNOWTILUS」は既に一定の成果を生み出しているが、これらのシステムを簡単に実現できたわけではない。実は新明和工業では、以前にもターボブロワの遠隔監視サービスの開発に取り組んだが、あまりうまくいかなかった経験があるという。

 旧システムは「通知エラーメッセージのカスタマイズができない」「帳票出力に拡張性がない」「日報・週報・月報などの帳票作成に時間と手間がかかる」「操作性が悪く、表示が自社製品の仕様に合わない」「サービスの運用コストが高い」など多くの問題を抱え「本格的に広く顧客に展開するまでには至らなかった」(山田氏)。

 再挑戦によって形にできたのが「KNOWTILUS」である。今回の成功要因の1つとして新明和工業が挙げているのがパートナーの存在だ。「当社はあくまでメーカーであり、クラウドやIT に関する知見を豊富に有しているわけではありません。そこで今回は、要件定義の段階からソフトバンクのサポートを得ながら構築に臨みました」と角野氏は語る。

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ソフトバンク クラウドエンジニアリング本部 IoTサービス統括部 ICTI戦略室 クリエイティブディレクターの徳永和紀氏

 ソフトバンク クラウドエンジニアリング本部 IoTサービス統括部 ICTI戦略室 クリエイティブディレクターの徳永和紀氏は「RFP(提案依頼書)提示時点からビジネスデザインを示し、ロードマップを描いて取り組みを進められた点が大きかったと感じています。特に、UX(ユーザー体験)デザインをベースとした考え方を強く訴えて、長期的な取り組みを推進しています」と語る。

 また、中長期を視野にした広範な技術的な支援も行う。「5G(第5世代移動通信システム)やLPWA(Low Power Wide Area)の活用、閉域ネットワークModbusのMQTTプロトコル変換、エッジ側で将来的にOTA(over the air)を実現する手法、セキュリティを含むMicrosoft Azure(以下、Azure)の活用などについて支援を進めています。さらにデジタルトランスフォーメーションに必要なAIとIoTによる業務プロセスの効率化支援や、サービスリリース後のプロモーションプラン策定支援などにも関わっています。将来像をベースに多岐にわたる取り組みを一緒に進められています」と徳永氏は述べている。

 また、KNOWTILUSを構築するにあたり、そのフレームワークとしてSBテクノロジー(以下、SBT)と共同で検討開発した「IoT Core Connect」(以下、ICC)を採用したことも大きなポイントだったという。

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ソフトバンク SE本部 インダストリー第3統括部 西日本SE第3部 戦略事業推進チーム 担当課長の皿池孝治氏

 ソフトバンク SE本部 インダストリー第3統括部 西日本SE第3部 戦略事業推進チーム 担当課長の皿池孝治氏は「ICCはAzureを基盤とするIoTソリューションです。KNOWTILUSではターボブロワから収集したさまざまな稼働データをゲートウェイに集約し、クラウドへ転送する仕組みが根幹となります。AzureにはIoT Hubをはじめ、その一連の機能を構成する部品がPaaSとして既にそろっており、それを利用することで開発期間の短縮化を実現できました。また過去にSBTとの協業で進めたAIやIoTでの導入案件の知見がICCを構成するフレームワークに仕様としてまとめられていることも、成果をより短い期間で生み出せた要因です」とその意義について語る。

 製造業ではクラウド基盤への情報収集やサービス提供を不安に考える企業も多いが「Azureには当初から安心感がありました。サイバーセキュリティに関して、マイクロソフトは米国国防総省に次ぐ膨大なサイバー攻撃を受けており、その攻撃パターンなどを分析した知見をAzureのセキュリティに随時反映していると聞いていますので、そういった面からもマイクロソフトのクラウド基盤であれば大丈夫だと考えていました」と角野氏は語る。

 結果として新明和工業は、2018年12月から2019年8月までの実質わずか9カ月という短期間でKNOWTILUSのサービスインに漕ぎつけることができたという。

ターボブロワの売上高は10%増加、新規案件も拡大

 サービス開始後、「KNOWTILUS」は多くの導入企業から高い評価を得ている。ユーザーからは、「日報や週報が自動で作成されるため、業務負担が大幅に軽減された」「管理担当者が自宅からターボブロワの運転状況を確認することが可能となり、安心感がより大きいものになった」など管理負担が大幅に軽減されたと評価する声が寄せられたという。加えて、「フィルター圧損のトレンドで圧損状態およびフィルター交換周期を容易に確認できるなど、メンテナンスの“見える化”に貢献できている」「発生したエラー(故障)が携帯およびPCにリアルタイムに通知されるため迅速な対応が可能となり、生産性向上に貢献できている」といった保全活動への効果も大きい。

 そもそものターボブロワを含む排水処理設備の役割である「環境対策」に穴を開けることなく、少ない負担でIoTにより安定運用を確保できるという点が、実際に多くのユーザーに評価を受けているというわけだ。

 こうした価値向上が、新明和工業の新たなビジネス成長にもつながり始めているという。「ターボブロワ単体でも10%以上の売上高増加をもたらしています。『KNOWTILUS』の利便性を感じたユーザーがターボブロワを新たに追加導入するケースも生まれており、直接的な効果だけでなく間接的な効果も幅広い面で生まれています」と山本氏は効果について語る。

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「KNOWTILUS」で目指す姿(クリックで拡大)出典:新明和工業

スパイラルアップでさらなる顧客体験価値向上へ

 新明和工業では、将来的には流体事業の他製品でもIoT化を計画する他、他事業部との製品サービスとの連携なども想定している。「『KNOWTILUS』を切り口としてAI・IoTに関する事業部を越えた連携を進め、データを共有化することが、新ビジネス創出などデジタル革新に貢献すると考えています」と角野氏は語る。

 ただ、そのためにも「KNOWTILUS」自体のスパイラルアップは欠かせない。実用サービスを開始したとはいえ「KNOWTILUS」の現状は「まず正しくデータを取る」ということが実現できた段階である。AIの活用やこれらのデータを生かして価値創出につなげていくのは、これからが本番となる。

 「『KNOWTILUS』はAIによる予知保全などを視野に入れて開発を進めていますが、AIの精度をさらに高めていく必要があると考えています。その意味でもAzureを活用する利点があると考えます。AIを含むデータ活用の技術開発は基本的には自社で行っています。しかし、ユーザーの求める環境などによってはAzure Cognitive ServicesなどマイクロソフトのAI関連技術などを活用することが合理的な場面もあります。それぞれに柔軟に対応できるようになることが、サービスを高める中で重要だと考えます」と山田氏は語る。

 また、モノ売りからコト売りへの転換という観点からは「メンテナンス方法や最適な運転方法、あるいはトラブル対応のアドバイスなど、サービスそのものを高度で顧客ニーズに合ったものにしていく必要があります。実際のフィードバックを活用しながら、2次開発、3次開発と重ね高度化を図っていく計画です」と山田氏は、スパイラルアップの必要性について述べている。今後はさらに、部門横断のデジタル変革専門の推進チーム創設も視野に入れながら、サービスビジネスのさらなる強化へと向かう計画である。

 「KNOWTILUS」の開発により、新明和工業は「モノからコトへ」と描く未来像への第一歩を踏み出したといえる。デジタル変革で成果を得るためには、新たなビジネスモデル、基盤となるデータ、市場性など、実現させるためのいくつかのステップが必要になる。そのため、最初から大きな成果を見込んでも実現できないことが多く、そこで足踏みする製造業が多い。そうした中で、パートナーと共に“第一歩”を踏み出し、そこで着実な成果を得た新明和工業の取り組みは多くの製造業にとっても参考になることだろう。

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左から新明和工業の山田氏、角野氏、山本氏、ソフトバンクの皿池氏、徳永氏

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提供:日本マイクロソフト株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2020年6月17日

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