新型コロナウイルスに立ち向かう中国デジタル大手、今も生きる経済危機の経験:海外医療技術トレンド(55)(3/3 ページ)
2020年に入ってから、中国湖北省の武漢市から拡大した新型コロナウイルス感染症「COVID-19」の影響が世界的な注目を集めている。このような緊急時にITは何ができるのだろうか。中国の大手デジタルプラットフォーマーであるBATH(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)を中心に取り組みを紹介する。
新たなCOVID-19感染症専門病院を支える5G基盤導入の機動力
COVID-19感染症が深刻な湖北省の武漢市では、「火神山医院」「雷神山医院」といった新たな大規模専門病院の短期間建設プロジェクトが内外メディアの話題となっている。しかし、昼夜に渡る病院のオペレーションを支えるICT基盤の導入と運用も併せて必要となる。
華為技術は、2019年9月4日、中国国家衛生健康委員会の指導下で、中日友好病院、国家遠隔医療・インターネット医学センター、国家基層(末端)遠隔医療発展指導センター、各省・自治区・直轄市の中核病院、中国医学装備協会(CAME)、3大通信事業者などと連携しながら、「5G技術に基づく病院ネットワーク構築標準」の制定作業を開始したことを発表していた(関連情報)。
同年11月1日には、3大通信事業者が中国国内で5Gサービスを正式に開始し(関連情報)、5G関連技術をフル装備した「スマートホスピタル」や「スマートヘルスケア」の社会実装が本格化している(関連情報)。華為技術は、前述のCOVID-19感染症専門病院建設プロジェクトにおいても、現地通信事業者による5G基地局設置を支援している。2008年の世界経済危機以降、中国内陸部の医療空白地帯に新設される病院や診療所向けにICT基盤を提供してきた実績とノウハウを考えたら、今回の武漢市のケースのスピードや拡張性もうなずける。
危機対応と社会実装のテストベッドを提供するプラットフォーマー
COVID-19感染症の影響は、中国国内の医療サービスを支える医薬品や医療機器、医療部材などのロジスティクス体制にも及んでおり、さらに医療以外の産業活動が滞ると、2008年世界経済危機の再来となりかねない。
2020年2月6日、B2C/B2B向けeコマース事業を手掛ける阿里巴巴集団(Alibaba Group)は、COVID-19感染症が直撃した中国国内における医療物資サプライチェーンを支援する「Alibaba Global Direct Sourcing Platform」を立ち上げたことを発表した(図4参照、関連情報)。
図4 阿里巴巴集団(Alibaba Group)の「Alibaba Global Direct Sourcing Platform」(クリックで拡大) 出典:Alibaba Group.「Alibaba Global Direct Sourcing Platform」(2020年2月12日閲覧)
さらに2月10日には、COVID-19感染症拡大の影響を受けた中小企業支援のために以下のようなグループ施策を打ち出した(関連情報)。
- プラットフォーム費用の削減または猶予(Tmall、Cainao)
- 低利子・無利子ローン(Ant Financial/MYbank)
- 配送要員やロジスティクス効率性改善への助成(Taobao、Tmall、Cainiao)
- 柔軟性のある人事採用の構築(Freshippo)
- デジタル化を加速させるツール(Ele.me、Koubei/Blue Ocean)
- 遠隔業務管理(Taobao Livestream)
個々の施策の内容を見ると、単なる危機対応支援にとどまらず、フィンテック、リテールテック、ロジスティクステック、HRテックなど、最新の技術とビジネスモデルの社会実装に向けたテストベッドの様相を呈していることが分かる。
「フロー」を「ストック」に変える機会としてCOVID-19問題を捉える
今回紹介したCOVID-19感染症拡大に対応する中国プラットフォーマーの事例を見ると、汎用的で標準化されたオープンなICT基盤をベースとしながら、各プレイヤーが有するコラボレーションエコシステムやデータインテリジェンスの経験とノウハウを、資産化・ストック化して、緊急時および平時の双方に対応できる仕組みを構築してきたことが分かる。
これに対して、日本の危機管理を見ると、2011年3月11日に発生した東日本大震災に対する危機対応フローにおける経験/ノウハウをストック化できないまま、風化が進行している感がある。COVID-19感染症対策に関しても、武漢からのチャーター便帰国者やクルーズ船への日本政府の対応を巡り、批判的な論調が高まっている。今後、医療機器の開発・運用者にとっても見過ごせない事態が続く中、中国の主要プラットフォーマーから出てくるユースケースを参考にしながら、自社や製品の全体戦略を再チェックする必要があろう。
筆者プロフィール
笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所、グロバルヘルスイニシャチブ(GHI)等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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