余った外貨を電子マネーに交換できる「ポケットチェンジ」が乗り越えたモノづくりの壁:ストラタシス 3Dプリンティングフォーラム 2019(1/2 ページ)
海外旅行で余った外貨を自国で使える電子マネーなどに交換できるサービス「ポケットチェンジ」。モノづくりの経験がなかったベンチャー企業がどうやってポケットチェンジを実現させたのか? 「ストラタシス 3Dプリンティングフォーラム 2019」で披露された講演の模様をお届けする。
海外旅行で余った外貨を自国で使える電子マネーなどに交換できるサービス「ポケットチェンジ」をご存じだろうか。
日本全国の空港や駅、街中などに、現在50台以上のポケットチェンジ端末が設置されており、毎月2万取引、金額にして月7000万円を取り扱っているという。これまで行き場のなかった細かな外国の硬貨や中途半端な紙幣を電子マネーに交換できるとあって、口コミを中心に話題が広まり、利用者も年々増加傾向にある注目のサービスだ。
このありそうでなかったサービスを展開するのが、ベンチャー企業のポケットチェンジである。現在、ハードウェアからソフトウェア開発、さらにはサービス運用に至るまでを自社で行っているという同社だが、ベンチャー企業にとってのハードルの1つである“モノづくりの壁”をどのようにして乗り越え、新たなサービスを世に送り出すことができたのか。
「ストラタシス 3Dプリンティングフォーラム 2019」(開催日:2019年10月30日)のユーザー事例講演に登壇した同社 取締役 佐々木禄介氏の講演「3Dプリンターを活用したイノベーティブなモノ作り」の内容を基に、ベンチャー企業が直面するモノづくりの課題とその解決策、その中で3Dプリンタがどのような役割を果たしたのかについて紹介する。
モノづくりに挑戦するベンチャー企業を悩ます高いハードル
佐々木氏は現在、ポケットチェンジの取締役という職務に就きながら、筐体開発および運用面での責任を担っているが、もともとは組織/採用のコンサルティングが専門で、モノづくりについて大学などで学んだ経験はなかったという。「ポケットチェンジの創業時、メンバー内にモノづくりができる人材がおらず、たまたま学生時代に3D CGなどを若干触ったことがあるという理由から、私が機械設計を担当することになった」と佐々木氏は当時を振り返る。
ポケットチェンジのアイデアを具現化するに当たり、当初、佐々木氏はモノづくりに対して「(モノがあるということの)競合優位性」をメリットに挙げつつも、「時間、資金的なハードルの高さ」「(モノづくりをしながら)ベンチャー企業ならではのスピード感を維持できるかどうか」といった不安を抱えていた。そして実際に、自分たちで筐体開発を含めたモノづくりに挑戦しようと意思決定したものの、
- 進め方が分からない
- 何が正しいか分からない
- コストのかけどころが分からない
という3つの壁にぶつかったという。
まず、「進め方が分からない」という問題について、佐々木氏は「ポケットチェンジの機能として、5カ国程度の外国硬貨をまとめて受け取れるようにしたいと考えていたが、1つで5種類の硬貨の真贋判定が行えるユニットが存在しないことが分かり、自分たちで市販のユニットを組み合わせて実現することにした。だが、当初はそれを実現するにも、どのように進めればよいか分からず、どこの誰に相談してよいのかも見当が付かなかった」と話す。
そうした状況の中、佐々木氏らはポケットチェンジで実現したいことを幾つかの機能に分割し、それぞれをプロジェクト化して、同時並行で進めるアプローチを採用した。具体的には「全体の大まかなレイアウト」「硬貨を投入する口」「硬貨を集計する機構」「硬貨をプールする機構」「硬貨を保管する金庫」だ。「こうしたアプローチはWebアプリケーションの開発などにも使われているもので、設計/試作を機能ごとに繰り返し行い、場合によっては外部の製作所にモノの製造を依頼しつつテストし、フィールドテストなども実施しながらブラッシュアップを進め、最終的に統合していった」(佐々木氏)という。
なぜここまで自社開発にこだわったのか。佐々木氏は「モノづくりに長けた専門の企業に任せた方がクオリティーの高いものができたかもしれない。しかし、モノ自体がユーザーとの“接点”であり、そこにユーザーとのコミュニケーションが生まれるはずなので、その大切な部分を外に出してしまうと、自分たちのやっていることが正しいのか正しくないのか、肌感が分からなくなってしまう。大変なのは重々承知の上で、自分たちでモノづくりに挑戦しようと判断した」と話す。
なお、本講演で詳細は触れられなかったが、浜野製作所がポケットチェンジの筐体設計や量産化に関するアドバイスを行っている(関連記事:余った外貨を電子マネーに! 「ポケットチェンジ」の筐体設計を支える町工場)。
モノづくりの進め方が分からないながらに、Webアプリケーション開発のアプローチを参考とし、手探りでプロジェクトを進めていった結果、「思っていたように進められた半面、ちょっとモノづくりをしようにも時間もコストもかかるということがよく分かった。そんな中、機能を分割して試作/テストを行うアプローチにおいては、3Dプリンタの活用が非常に効果的だった。結論だけ言ってしまえば、進め方が分からない状況でもWebアプリケーション開発の経験などを基に『やってみたら結構進められた』という感じだ」と佐々木氏は述べる。
一方、「何が正しいか分からない」については、基本的な機能や性能評価、クオリティー基準、調達先/調達プロセス、製造コスト、部品管理、設置後の評価/管理といった具体的な項目を挙げ、「モノづくりが初めてであり、ポケットチェンジの比較対象になるようなものが世の中にあるようでなかった。そのため、何かを自分たちで評価/判断しようにも、どこに基準を置いてよいか迷うことが多々あった」(佐々木氏)。
ただ、さまざまな判断基準に迷っても決してぶれないもの(ぶれてはいけないもの)があるという。それは、「ユーザーへの価値提供」と「競合に対する優位性」がどこにあるかという点だ。「事業である以上、この2つが最重要事項であり、それらを保持しながらスピード感をもって事業を進めることが何よりも大切。ベンチャー企業は大手企業のようにモノづくりに関する豊富な経験や蓄積データがない分、とにかく手数(スピーディーなモノづくり)で補うことが重要だ」と佐々木氏。
その際、役立ったのが3Dプリンタだという。試して、出して、改善してというサイクルをとにかく素早く回すことを続けていき、「“ある部分”においては大手企業にも引けを取らないような経験やデータを蓄積することをとにかく目指した」(佐々木氏)という。
さらに「コストのかけどころが分からない」という課題に関して、佐々木氏は「特に立ち上げ当初は、ベンチャー企業にとって、数十万円の投資も大ごと。また、半端なモノを作って在庫を抱えるのもリスクにしかならない。このアクセルの踏みどころを間違えるとあっという間につぶれてしまう。そんなベンチャー企業をこれまでたくさん見てきた」と、その難しさについて言及。
そうならないためには、「実績が一番」(佐々木氏)だとし、その成果を流れのあるストーリーとして、いかに低コストで作り出せるかがベンチャー企業の腕の見せ所だという。「まずは『世の中に置かれた』『ここからサービスを改善して拡大していける』という実績のサイクルを作り出すことだ。そのためには、これを誰よりも早く回せるチーム、仕組み作りが不可欠だ」と佐々木氏は語る。
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