パナソニックが狙う“暮らし”と“現場”、2つのプラットフォーマーへの道:製造業×IoT キーマンインタビュー(3/4 ページ)
「Society4.0にうまく適合できなかった」と危機感を示すパナソニック。ソフトウェア開発体制の強化など、Society5.0時代に向けてさまざまな変革を進める。パナソニックが新たに変革すべきところ、強みとして残すべきところはどういうところになるのだろうか。パナソニックのイノベーション推進部門を統括する専務執行役員である宮部義幸氏に話を聞いた。
“ノアの箱舟”の役割を担うPanasonic β
MONOist/EETJ Panasonic βの設立時に役割として“ノアの箱舟”だと表現していましたが、今の役割についてはどう考えますか。
宮部氏 Panasonic β設立時は「残さなければならない遺伝子を保護し新天地を作っていく」という意味で“ノアの箱舟”に例えた。
では、パナソニックの“遺伝子”として残さなければ技術領域が何かというと1つは「デジタル技術」だと考えている。デジタル技術はSociety4.0や5.0の世界のカギを握るということは疑いの余地がないところだが、パナソニックでは「プロダクトのデジタル化」について、Society3.0時代に積極的に取り組んできた。デジタル家電そのものの事業は難しくなったが、これらのデジタル技術については、Society5.0時代になれば、十分生かせるものである。Society5.0時代はリアルとバーチャルそれぞれをデジタル技術で結ぶことが重要になるからだ。これらをベースに新たなビジネスモデルを作るということが重要になるが、技術そのものは強みとして維持し続けていくべきだと考えている。
もう1つが「一般生活者に対する知見」である。Panasonic βでの取り組みの中心となっているのが人間中心の暮らし統合プラットフォーム「HomeX」だが(※)、パナソニックでは一般生活者と数多くの接点を持ち、これらに不自由を与えないようなユーザビリティやユニバーサルデザインなどで多くのノウハウを抱えている。こういう点がパナソニックの持つ価値であり、強みだと考えている。
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「CROSS-VALUE INNOVATION FORUM 2018」で報道陣向けに公開された「HomeX」ディスプレイ。家庭を中心とした暮らしに関する情報を統合し、人を中心に使うことを想定したプラットフォーム実現を目指している。既に先進住宅向けで一般提供を開始している(クリックで拡大)
“普通の人”が使うからこそ考えなければならない点
MONOist/EETJ 「一般生活者に対する知見」は具体的にはどういうことでしょうか。
宮部氏 パナソニック内での象徴的な例としてPCの「Let's note」がある。Society4.0時代にメーカーとしての立ち位置が低下する事業が多くなる中、価値を維持、拡大できた事業の1つがPC事業だ。なぜPC事業で差別化できたのかという理由が、この「一般生活者に対する知見」だと考えている。「Let's note」では、落下試験や水没試験など厳しい品質検査を行っている(※)。
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本来、PCをオフィスで使用する場合、精密機器として位置付けておけば、これだけ厳しい試験を行う必要はないかもしれない。しかし、家電製品として考えた場合、一般の人が特に訓練も受けずに使うことになり、予測しないようなことが起こり得る。そうした状況にも対応する必要がある。PCが“プロが使う機器”だった時代には受け入れられなかったが、一般の人が使うようになりこれらの点が差別化のポイントとして生きるようになった。「落としても壊れない」や「満員電車でもつぶれない」などが強みとなったのだ。大量にボリュームゾーンに届けるという点では弱みとなるが、一定層の支持を確保することにはつながった。
同様に国際空港で採用された「顔認証ゲート」などもユーザビリティが評価された例だといえる。入国審査官が使うものであれば訓練すればよいが、直接一般の人が使う場合は訓練できない。そういう人たちが「迷わない、戸惑わない」という知見が必要になる。機械の動作速度はもちろんだが、一般の人が使う際の戸惑いをどうつぶすのかといいうのが、大きなポイントになっている。こうした「デジタル技術+α」の領域がパナソニックらしさであり、他の領域にも生かせる強みになると考えている。
MONOist/EETJ 「一般生活者に対する知見」を共有するような仕組みも作られているのでしょうか。
宮部氏 品質基準にも一般向けのユーザビリティなどの視点が組み込まれており、製品開発時にはその基準で開発を行っている。また、プロダクト解析センターという組織では、ユーザビリティなどを評価する仕組みなども用意している。例えば、「どういう姿勢でいると人間は苦痛を感じるか」ということについてのデータベースなどを開発している。キッチンや洗濯機を設計するときに「こういう姿勢をさせると疲れるから設計を修正しよう」ということが事前に分かるようにシミュレーターも用意している。
製品開発時には実際にモノを用意してユーザビリティテストなどを行うが、その前にデジタル上でシミュレーションができるようにし、ユーザー視点の開発を効率的に行えるようにしている。パナソニックではさまざまな製品領域でこうした“使いやすさ”に対するデータベースや指標を用意しており、それが「一般生活者に対する知見」を形作っている。
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