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ファブラボ渋谷はこうして生まれた――日本に根付くプラグイン型ファブラボとは日本におけるファブラボのこれまでとこれから(2)(1/4 ページ)

日本で3番目となる「ファブラボ渋谷」の立ち上げを経験し、現在「ファブラボ神田錦町」の運営を行っている立場から、日本におけるファブラボの在り方、未来の理想形(これからのモノづくり)について、「これまでの歩み」「現在」を踏まえつつ、その方向性を考察する。今回はファブラボ神田錦町の前身であるファブラボ渋谷の生い立ちとこれまでの歩みを取り上げる。

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 前回の記事では、世界1600カ所に広がるファブラボネットワークについて、その成り立ちや概要を紹介しました。今回は日本国内に目を向け、筆者が所属する「ファブラボ神田錦町(旧:ファブラボ渋谷)」について取り上げたいと思います。

プラグイン型ファブラボとして生まれた「ファブラボ渋谷」

 ファブラボ鎌倉の運営をサポートしていた2011年半ばごろ、都内でシェアオフィススペースを展開する「co-lab(コーラボ)」から「co-labにファブラボを作りませんか?」というお誘いを受けたことをきっかけに、「ファブラボ渋谷」が計画されました。

 ファブラボ鎌倉とファブラボつくばがオープンしてしばらくたち、次の拠点を考えている頃でした。ファブラボジャパンのメンバーである多摩美術大学 教授の久保田晃弘氏が旗振り役となり、ファブラボ渋谷の立ち上げプロジェクトがスタートしたのです。

 シェアオフィスであるco-labのコンセプトは、“クリエイター専用のコラボレーションシェアオフィス”であり、入居者それぞれが何かしらの「作る」という行為を軸に仕事をしています。建築家やプロダクトデザイナー、インダストリアルデザイナー、ショープランナー、カメラマン、脚本家など、その職は多岐にわたり、まるで大きなクリエイティブカンパニーが1つの建屋の中に形成されているような場所です。このco-labが渋谷に新拠点を開所するのに併せ、入居者向けサービスとして“デジタルファブリケーション工房スペース”を作りたいと考えており、

  • ファブラボスタッフにその運営を任せたい
  • この場をco-labの外にも広く開放し、地域の工房としての活用や地域と入居者の接点としての機能を期待したい

という「ファブラボ(FabLab)」にぴったりの企画が立案され、ファブラボジャパンに声を掛けていただいたのです。

 まだ、ファブラボという理念が全くといっていいほど浸透していない時期だったにもかかわらず、co-lab 主宰の田中陽明氏に声を掛けていただいたことは、願ってもないチャンスでした。

 このような背景があり、2012年11月にファブラボ渋谷がスタートしました。また、筆者自身はファブラボ渋谷のチーフディレクターとして活動を始めました。

 ファブラボ渋谷は、久保田氏により「プラグイン型ファブラボ」と名付けられました。先に立ち上がったファブラボ鎌倉やファブラボつくばが建物の中にスペースを構える“スタンドアロンスタイル”だったのに対し、ファブラボ渋谷は“co-labの機能拡張としてのファブラボ”として作られたといえます。

ファブラボ渋谷、オープン当時の風景
ファブラボ渋谷、オープン当時の風景

 2012年11月にスタートしたファブラボ渋谷は、山手線沿線にお勤めの方や主婦、地域の学生、リタイアされた高齢の方々など、老若男女問わず多くの利用者に恵まれました。また、付近にNHKがあったことで、番組を制作するクリエイターの方々が、作品の実験をする場所として立ち寄ってくださるようになりました。モノづくりのプロからアマチュアまで多様な人々が豊かに集まったのは、地域ならではだと考えています。

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