北欧型AI戦略とリビングラボから俯瞰する医療機器開発の方向性:海外医療技術トレンド(45)(3/3 ページ)
本連載で取り上げた北欧・バルト海諸国のヘルスデータ改革の波は、AI(人工知能)戦略と融合しようとしている。
日本の地域創生で注目される北欧モデルのリビングラボ
今後AIの利用が期待される医療・介護・福祉機器の設計開発において、日本でも注目されているものに、地域の生活者、政府機関、企業、教育・研究機関など、さまざまなステークホルダーが参加して実証実験を行うリビングラボがある。
リビングラボは、地域住民の参加意識が伝統的に高い北欧・西欧諸国を中心に発達してきた歴史があり、デンマークでも、コペンハーゲン、オーフス、オーデンセ、オールボーなど主要都市に存在している。
例えば、コペンハーゲンの場合、デンマーク工科大学(DTU)、コペンハーゲン大学など、著名な学術研究機関と、メディコンバレー(関連情報)、コペンハーゲン・ヘルステック・クラスタ(関連情報)といったライフサイエンス・健康医療関連クラスタを背景として、臨床テストやヘルステック・イノベーションに特化したリビングラボが多く存在している。これらコペンハーゲン市内にあるリビングラボ施設が緩やかに連携したのが、「Living Healthtech Lab」(図2参照、関連情報)である。
図2 コペンハーゲン・ヘルステック・クラスタをベースとする「Living Healthtech Lab」(クリックで拡大) 出典:Copenhagen Capacity「A living healthtech lab」
その中には、コペンハーゲン大学コンピュータサイエンス学部、コペンハーゲン大学心臓病センター、メドトロニック(本社:アイルランド)、レフェルド・メディカル(デンマーク)の共同プロジェクトであるSCAUT(関連情報)、米国シリコンバレーのシンギュラリティ・ユニバーシティーがロボット・ビッグデータ・AIなどにフォーカスして開設したイノベーションキャンパス(関連情報)など、海外の研究機関・企業が参画したケースも含まれている。
医療・介護・福祉分野のリビングラボの取組と同時に、デンマークでは、ナショナルデータベース(NDB)の構築・運用が進んでおり、デンマーク保健医療データ、事故および死亡原因、医事会計データ、自己免疫疾患、生物学的製剤、がん、循環器疾患、小児・青年期、慢性疾患、皮膚病などのデータが集約されている。前述のコペンハーゲン・ヘルステック・クラスタは、医療関連データ・エクスチェンジの役割を担っており、以下のような機能の提供に向けた取組を進めている。
- デンマーク国内の保健医療データベースおよび医療機関の概観
- 個人保健医療データベースの品質評価
- 代替となる適切なデータソースに関する知識
- 潜在的なパートナーへのアクセス
- より迅速な申請プロセス
今後、データドリブンアプローチによるビッグデータ分析、AI技術の取り組みと、デザインドリブンアプローチによるリビングラボの取組を相互連携させるためには、学習用データセット、AI解析アルゴリズム、学習済モデルから構成されるAIサービスを支える、セキュアなICTインフラストラクチャの標準化・共通化と同時に、ユーザーインタフェース(UI)/ユーザーエクスペリエンス(UX)に関わる評価やアプリケーション開発手法の標準化、効率化が必要となる。
図3 欧州連合バルト海地域戦略(EUSBSR)プロジェクト「ProVaHealth(Product Validation in Health)」(クリックで拡大) 出典:ScanBalt「About ProVaHealth」
北欧諸国は、気温が低く、再生可能エネルギーを利用した電力が比較的安価に入手でき、地政学的リスクも低いことから、大規模なICTインフラストラクチャを構築、運用するのに適した場所となってきた。実際、Google(フィンランド、デンマーク)、Amazon Web Services(スウェーデン)、Facebook(スウェーデン)、Apple(デンマーク)など、主要なグローバルプラットフォーム事業者が、北欧をデータセンターの設置場所に選定しており、世界トップレベルのAIインフラストラクチャが構築されている。
他方、上位レイヤーで、北欧諸国がバルト海諸国と共同で積極的に進めているのが、リビングラボで培ったスキルやベストプラクティスに関する情報共有・ナレッジベース化だ。例えば、北欧研究会議(NordForsk)による「北欧-バルト海リビングラボ研究イノベーションプログラム(LILAN)」(実施期間:2010年〜2012年、リーダー:イノベーションセンター・アイスランド)(関連情報)や、高齢者や健康・ウェルビーイングに特化した北欧地域のリビングラボの強力なネットワークを集約し、個々の生活課題解決のために、都市とリビングラボのネットワークを構築することを目的とした「北欧ビジネス・リビングラボ・アライアンス」(実施期間:2015年〜2018年、リーダー:デンマークVæksthus Hovedstadsregionen)(関連情報)、欧州連合バルト海地域戦略(EUSBSR)プロジェクトの「ProVaHealth(Product Validation in Health)」( 実施期間:2017年〜2020年、コーディネーター:エストニアのタリン・サイエンスパーク・テクノポール)(図3参照、関連情報)などの取組が行われている。
医療機器開発にも求められるプラットフォームとアプリケーションの調和
日本国内では、地域創生の一環として、リビングラボの構築、運営をめざす動きが活発化しているが、それを支えるICTプラットフォームについては、プロジェクト単位で構築、提供されており、広域レベルでの共通化や標準化に向けた取り組みはあまり見受けられない。リビングラボを活用して、AIアプリケーションサービスによる保健医療の個別化、付加価値化を図るためには、ICTプラットフォーム、さらにその上で展開される業務プロセスの標準化や効率化が欠かせない。このような上位レイヤーと下位レイヤーのハーモナイゼーションを担うマネジメント人材の育成や、それを支えるナレッジベースの構築・運用は、革新的な医療機器の企画、設計、開発においても、重要となるだろう。
筆者プロフィール
笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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