生物はなぜ眠るか、脳回路のクールダウンと記憶情報の整理のため:医療技術ニュース
東京大学は、睡眠中に脳の回路がどのようにクールダウンされるのかを明らかにした。睡眠中に海馬から発生する脳波「SWR」がニューロン間のつながりを弱めて、海馬の神経回路をクールダウンし、記憶のキャパシティーを確保していた。
東京大学は2018年2月9日、睡眠中に脳の回路がどのようにクールダウンされるのかを解明したと発表した。この研究は、同大学 大学院 薬学系研究科 教授の池谷裕二氏らの研究グループによるものだ。
学習したことや記憶の多くは、脳の海馬でニューロン同士のつながりが強まる長期増強(LTP)が生じることによって保存される。この時、脳回路の活動レベルも上昇する。LTPはあるレベルに到達すると飽和してしまい、それ以上は記憶できなくなる。そのため、海馬にはLTPの飽和を避ける「クールダウン」機構があると約70年前から予想されていた。
今回、研究グループは、海馬から睡眠中に発生する「sharp wave ripple(SWR)」という脳波に着目。まず、睡眠中のマウスの興奮性後シナプス場電位(fEPSP)を記録したところ、睡眠の経過とともにfEPSPが減弱していた。fEPSPはニューロン同士のつながりの強さを示すことから、睡眠中にニューロン間のつながりが自然と弱まることが確認できた。
次に、睡眠中に生じるSWRを選択的に阻害したところ、fEPSPは減弱しなかった。また、SWRを7時間阻害し続けると、十分な睡眠を取っているにもかかわらず、マウスの脳回路の興奮性は高いままで、正常レベルへクールダウンされることはなかった。このマウスに実施した物体位置認識試験から、学習成績が低下し、寝不足のような状態であることが分かった。
これらの結果は、SWRを発生する(脳波上の睡眠状態を再現する)ように作成した海馬スライス標本でも観察された。以上から、SWRは海馬のニューロン間のつながりを弱めることで、海馬の神経回路をクールダウンしていることが明らかになった。
さらに、記憶に関わったニューロンを標識できる遺伝子改変マウスからスライス標本を作製し、SWR発生時のニューロンの活動を詳細に調べた。その結果、眠る直前に学習した情報をコードするニューロン群では、クールダウンは生じなかった。つまりSWRは、睡眠直前の学習に関与したニューロンについてはニューロン間のつながりを弱めないが、記憶とは無関係な成分を減らして、記憶のキャパシティーを確保することが分かった。
この、睡眠時の自発的なプロセスによって、記憶が睡眠中に効率よく整理されていることが推察される。また、睡眠中にSWRを阻害することで睡眠不足の状態を十分に再現できたことから、睡眠の目的の1つに「SWRを出して脳の回路をクールダウンすること」があるといえる。
自閉スペクトラム症や統合失調症の患者、そして高齢者の脳において、SWRの発生低下や脳回路の過剰興奮が起こることが知られている。同研究グループは、これらをSWRの観点から検討し、治療法の確立を目指す。
関連記事
- カルシウムイオンが睡眠と覚醒を制御する
東京大学は、神経細胞のコンピュータシミュレーションと動物実験を組み合わせることで、睡眠・覚醒の制御にカルシウムイオンが重要な役割を果たしていることを明らかにしたと発表した。 - 「睡眠は7〜8時間がよい」「中高年は眠りが浅い」、定説を活動量計で実証
フィットビット・ジャパンは、同社のリストバンドが浅い睡眠/深い睡眠/レム睡眠の各睡眠ステージの時間を正確に記録する能力を備えていることを確認し、7時間以上の睡眠が健康に良い影響を与えるという科学的理論を裏付けた。 - 睡眠不足でも脳への刺激で記憶力を維持・向上できることを発見
理化学研究所は、睡眠不足でも、大脳新皮質を再活性化することで記憶力が向上することを発見した。学習直後のノンレム睡眠時におけるトップダウン入力が、記憶の定着に必要であることが分かった。 - 成長期に食べ物をよくかまないと記憶力が低下、そしゃくは認知症予防にも
東京医科歯科大学は、成長期におけるそしゃく刺激の低下が記憶をつかさどる海馬の神経細胞に変化をもたらし、記憶・学習機能障害を引き起こすことをマウスモデルで示した。 - うつ病の新たな治療法を発見、選択的セロトニン再取り込み阻害薬とは異なる仕組み
大阪大学は、うつ病の新たな治療メカニズムを発見したと発表した。セロトニン3型受容体が海馬のIGF-1分泌を促進することにより、海馬の新生ニューロンを増やし、抗うつ効果をもたらす。 - トラウマ記憶を光操作によって消去する新技術
横浜市立大学は、トラウマ記憶を光操作によって消去する新しい技術の開発に成功した。記憶形成のメカニズム解明や、心の傷に起因した精神障害をコントロールする新規治療法開発の糸口になり得る研究成果だ。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.