「革新ライン」が動きだしたKYB岐阜北工場、クルマの個性を支える足回りの秘密:乗って解説(3/3 ページ)
KYBの売上高の過半数を占める四輪車用のダンパーと電動パワーステアリング(EPS)。クルマの個性や運転の感触を決める重要な部品でもある。KYBの岐阜北工場で、ダンパーやEPSの競争力を支える生産ラインや評価施設、テストコースを訪れた。
シムの切り欠きの幅や数が変わるだけで
続いてさまざまな路面を再現した山岳路にステージを移し、最新のダンパーの乗り味を試させてもらう。トヨタ自動車の「カムリ」は、大きなストロークでは減衰力を上げ過ぎない飽和型の特性を与えられている。荒れた路面、回り込むような下りのコーナー、上りのS字コーナーなどで乗り心地とハンドリングが高い次元で両立されているのが分かる。新しいプラットフォームとダンパー、そしてタイヤまで含めたバランスの良さを感じた。
レクサス「LC500h」は、セミアクティブサスの減衰力調整機構の駆動を従来のステッピングモーターに代わって比例ソレノイドバルブを用いることで、減衰力を変化する速度を最大で8倍にも向上させ、より路面状況に応じた素早い反応を可能にしている。走行中にコンフォートモードからスポーツモードへ切り替えると、途端に乗り味が引き締まる。路面状況によって減衰力が変化するのは特に意識させることはない。それくらい反応が鋭く、自然な乗り味なのだろう。
最後に世界中の路面をスキャンして再現した直線路でダンパーの乗り比べをさせてもらった。トヨタ自動車の「オーリス」に用意されたのは、どちらも純正仕様とは異なる2種類のダンパー装着車。最初に乗ったのは、どちらかといえば減衰特性が緩やかな「B仕様」だ。それでも十分にダンピングが利いていて、しなやかな感触を保ったまま荒れた路面を走り抜け、Uターンしながら下るようなシーンでリアサスペンションの程良い沈み込みに追従性の良さを感じる。
続いてもう一方の「A仕様」にも試乗してみる。こちらはシャキッと引き締まったフィール。まるで欧州仕様といってもいいくらい感触が異なる。実はこのA仕様とB仕様、違うのはダンパーのバルブに組み込まれている薄いシムの切り欠きの幅や数だけだ。
シムの枚数や厚さを変更することでも特性をチューニングすることはできるが、シムの切り欠きの幅をわずかに変えただけで、ここまで乗り味が変わってしまうとは。切り欠き部分は常にオイルが流れるので微低速域の立ち上がりから、ストロークの全域に至るまで影響を与えるようだ。個人的にはA仕様はリアサスペンションに突っ張るような張りを感じてしまうこともあったので、B仕様のしなやかな方に好感がもてた。
KYBはこれまで信頼性を最重視して、性能面は顧客である自動車メーカーの要求を満たすことを優先してきた。その結果、技術はあるのにリーズナブルさばかり印象に残っているようだ。これでは少々もったいない。
レクサスのLFAに装着されているKYB製ダンパー。アルミニウム製のシェルケースはニカシルメッキ、インナーロッドはDLC加工。別体式のガス室もステンレス製の蛇腹構造というこだわりぶりだ(クリックして拡大)
例えばレクサスのスーパーカー「LFA」のダンパーはKYBが手掛けた。このダンパーはモノチューブ構造で全長を抑えストロークを確保するためにガス室を別体構造にしているだけでなく、ガス室を形成するフリーピストンのフリクションを嫌ってステンレスの薄板を成型した蛇腹のガス室を採用していた。
しかも、アルミシリンダーのフリクションも軽減するべく、内壁はニカシルメッキするというこだわりようだ。スーパーGTでもトヨタのマシンに凝ったサスペンションシステムを実現するために高性能なダンパーを提供した実績があるだけに、技術面でのノウハウは、どこのダンパーメーカーにも負けていない。
エンジニアたちのダンパー開発に対する情熱も取材を通じて伝わってきた。昼食を一緒にした若いエンジニア君も、ホンダの「シビック タイプR」を自分でメンテナンスや足回りのチューニングを行うほどクルマ好きだと言う。こういう雰囲気の職場は、いい部品を作ろうというエンジニアを育てるのだろうな、と思った。同社は今後、モータースポーツでも自社ブランドを積極的に押し出していく方針のようである。
筆者プロフィール
高根 英幸(たかね ひでゆき)
1965年生まれ。芝浦工業大学工学部機械工学科卒。輸入車専門誌の編集部を経て、現在はフリーランス。実際のメカいじりやレース参戦などによる経験からクルマや運転テクニックを語れる理系自動車ライター。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。
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