自動化に遅れたカシオ計算機が描く、現実的な「スマート工場」構想:製造業×IoT キーマンインタビュー(2/3 ページ)
カシオ計算機は、新興国の人件費高騰や人手不足などが進む状況を踏まえ、生産革新に取り組む。ロボットを活用した自動化を推進するとともに、工場間を結んだスマートファクトリー化にも取り組む。同社 執行役員 生産資材統轄部長の矢澤篤志氏に話を聞いた。
山形カシオのマザー工場化
MONOist 具体的にはどういう取り組みを進めたのでしょうか。
矢澤氏 ポイントの1つが山形カシオの全品目におけるマザー工場化だ。カシオ計算機では従来は個々の製品事業部ごとに設計と生産を行っており、製造技術などの横連携もそれほどなかった。また、生産の大半をEMS(電子機器受託生産サービス)企業などに委託するケースなども多く、生産ノウハウが社内にあまり残っていないケースなどもあった。そこで、まず生産技術や生産ノウハウを1つに集約して、総合的に生産効率を高め、技術力を蓄えていく環境が必要だということになった。
山形カシオは、時計を中心とした設計・製造拠点だったが、金型およびプラスチック成形や他社からの受託生産などを行っていた実績から、さまざまな生産技術を保有していた。そこで山形カシオの対象品目を、時計だけでなくカシオ計算機の全品目に広げたマザー工場とすることを決めた。
具体的には、2016年4月に山形カシオ内に生産技術センターを設置した。自動化に向けた生産工程の設計や新たな生産技術の開発などを、設計部門と連携しながら実現できる体制を作った。これらを実現するために、デジタルツールの活用も進め、生産ラインシミュレーターによる生産ラインの仮想設計などが実現できるようにした。こうしたデジタルツールを活用することで、山形カシオで構築した生産ラインを速やかに海外工場などにも展開できるようになった。
生産技術センターを中心に、生産品目の再編なども推進している。EMSによる外部委託生産が中心だった電子楽器を中国の広東省中山工場での自社生産に戻し、100%自社生産化を実現した。また、関数電卓では、タイ工場で2017年8月にロボットを活用した自動化生産ラインを立ち上げることができた。プロジェクターやハンディターミナルの生産を中国での工場から山形カシオに移したような動きもある。製造業として改めて生産の付加価値を生かした新たな取り組みを広げることができてきている。
内製化の価値、国内生産の価値
MONOist 自動化なども組み合わせつつ、内製化を拡大したり、国内生産品目を増やしたりする狙いとしては何があるのでしょうか。
矢澤氏 基本的には、内製化や国内生産はそれを目的とするものでなく、周辺環境の中で最適な生産体制をとっていくべきものである。ただ、内製化については強化していかなければならない方向性だと考えている。
従来カシオ計算機はEMS企業とうまくパートナーシップを組み、活用を進めていくことで成長してきた面がある。しかし、EMS企業としても主力の生産拠点である中国の人件費高騰の影響は色濃く受けており、自動化などへの投資拡大が必要な状況に入っている。EMS企業の自動化への投資は進んでいるが、その中でカシオ計算機のように多品種少量生産で1ロットがあまり大きくない企業にとっては、EMS内において設備投資や改善があまり進まない状況に置かれている。そのため、生産を委託した後は収益性改善につながりにくく、最終製品のコスト競争力が生まれにくくなっていた。
抜本的に収益性を強化するためには、生産の内製化をし、設計と生産が一体となってモノづくり全体を作りこんでいく必要が出てきていた。設計部門や生産部門が縦割りのままで個々にコスト削減を行うには限界がある。さらに生産部門でいえば改善活動により絞りに絞ってきた状況があり、ここからさらに原価を低減できたとしても全体の中ではわずかなコスト改善にしかつながらない。モノづくりの全体的な在り方を改善しなければならないという流れが強まってきたことから、生産技術センターなども設立した。
一方で、国内生産については、現状では増やす方向性だとはいえない。確かに自動化を進めることができれば、中国やASEANとの人件費の価格差については抑えることができ、実際に一部の製品の生産を国内に戻したケースもある。ただ、自動化を進める産業用ロボットや専用の装置などは、現状では、カシオ計算機が扱うような比較的低価格の製品群にとっては、国内で生産するにはまだ高すぎる。
例えば、関連の部品加工工場の機械化を進めようと見積もりを取ったことがあったが、日本の生産財メーカーに依頼すると金額が合わず、結果として中国の地場企業と組んで共同開発し当初の予算の3分の1の価格で実現できたことがある。中国企業などが圧倒的に安い自動機などを提供できるようなレベルにならなければ、全面的に自動化を進めることはできず、人件費差を圧縮できるようなことにはならない。
さらに、インフラなどの間接コストや、材料などの調達コストなどを考えても国内で行うよりも中国などで行う方が圧倒的に安い。生産立地の周辺環境という面でも現状では中国などの方が充実している状況だ。現段階では、安い製品については国内で生産を行うのは難しいと考えている。
中国リスクでASEANや他の地域に移転を進めた企業も数多くあったが、逆に今また中国に戻そうという動きも高まっている。価格だけでなく、生産インフラとして中国の環境は既に日本以上である領域も多く生まれてきている。国内で生産するには、高品質製品など、中国でできない価値などを持たないと難しい。国内工場にも単純な生産拠点という以外の役割も求められるようになってきている。
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