倒産寸前の大ピンチからV字回復、ICT活用で復活した紳士服メーカーの戦略:イノベーションで戦う中小製造業の舞台裏(6)(1/6 ページ)
自社のコア技術やアイデアを活用したイノベーションで、事業刷新や新商品開発などの新たな活路を切り開いた中小製造業を紹介する本連載。第6回となる今回は大阪市谷町にある紳士服メーカーのNFLを紹介する。
かつて大阪市中央区にある谷町は「紳士服の町」と呼ばれた。老舗の大手メンズスーツメーカーがひしめき、最盛期には約140社の紳士服店が軒を並べていたという。しかし、アパレル業界に紳士服量販店が誕生し、チェーン店展開で低価格帯スーツの販売を始めた1990年以降、多くの紳士アパレルメーカーが連鎖倒産や廃業を余儀なくされた。
そうした状況の中で、ICT(Information and Communication Technology)を駆使し、製造卸から製造小売りへ業態を転換し、家業の立て直しをはかった人物がいる。NFL代表取締役社長の川辺友之氏だ。
卸売りを減らし、メーカー直売の小売りを増やした結果、利益率は15%から70%に大きく増えた。売り上げは過去に及ばないが、最盛期と同程度の利益をあげている。川辺流のICTを駆使した経営方法について伺った。
借金は数十億円、在庫14億円の家業をICTで建て直す
NFLはフォーマルウェアを専門に扱う紳士服メーカーだ。男性が人生の中でタキシードやモーニングを着る機会が何度あるだろう? 何着も買う必要がないから、リピーターもつきそうにない気がする。「……売れるんですか?」という筆者の率直な疑問に対し、「たくさん売れてますよ!」と3代目社長の川辺友之さんは笑った。
「私は、次男だから家業を継ぐつもりはなく、大学卒業後は東京でIT関連の仕事をしていました」と川辺社長はいう。インターネット黎明期の1996年頃にWebサイトの製作にかかわり、当時はインターネット関連事業での起業を考えていたそうだ。
しかしある日、長兄が東京にやってきて「家業を手伝ってほしい」と頼まれた。バブル崩壊後、家業の業績は悪化していたのだ。「今しか、親孝行はできないぞ」と言われた言葉が胸に響き1998年に大阪へ戻り、経理の担当者として父の会社のエルマン株式会社に入社した。
「帳簿を見たら、借金は何十億とあるし、在庫も14億円分ありました。最盛期には65億円の売り上げがあったのに、どんどんと下がり3億円になったんです」(川辺社長)
200人いた従業員も次々と辞めていき、10人ぐらいになったそうだ。
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