IPネットワークではもう限界?「情報指向ネットワーク」:5分でわかる最新キーワード解説
IoT時代の本格化に伴い指摘され始めたIPネットワークの限界。データに名前でアクセスする「情報指向ネットワーク」は自身が経路制御やコンテンツ配信を行う効率的な仕組みとして注目されています。
5分でわかる最新キーワードとしてお届けする今回のテーマは「情報指向ネットワーク」(Information Centric Network/ICN)。何かの情報が欲しいとき「あそこにある○○を取って来て!」と頼むかわりに「○○!」といえば目的の情報が手に入る、古女房みたいな最新ネットワーク構想です。必要な情報は頼まなくても持って来てくれるPush型の情報配信も今までよりもグッと効率化して、将来500億デバイスを超えるというIoT時代に備えて全体トラフィックを低減してくれる、IPネットワークに代わる新しいネットワークが誕生しようとしています。
「情報指向ネットワーク」とは?
「情報指向ネットワーク」とは、モバイル情報機器や膨大な規模で展開するIoTデバイス間通信(M2M通信)によって発生が予想される帯域ひっ迫やレスポンス悪化を避けるために構想されている新しいネットワークアーキテクチャ。
その1つの方式として、日立研究所と慶應義塾大学の共同研究の成果である「DCN/Data Centric Network/データ指向ネットワーク」がある。2015年6月、日立製作所は国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)の国内大規模テストベッドを利用して、大規模に展開して移動する端末6000台のM2Mネットワークを模した実証実験を行い、ルートノードでは従来の情報指向ネットワークに比較して90%、全ノードトータルで34%のトラフィック削減という成果を得た。
この方式は、自動車などのダイナミックかつ高速な移動体に搭載するセンサーなどのデバイスからのデータをリアルタイムに送受信可能にし、交通管制に役立てて渋滞緩和を図ったり、走行中の車々間通信も含めた走行支援を行ったりすることができる、これまでにない社会インフラ実現の可能性を広げる技術だ。今回は主にこの技術に注目して情報指向ネットワークの考え方を見ていこう。
「情報指向ネットワーク」が求められる理由
スマートフォンなどモバイルデバイスの急増に伴い、モバイルでのWeb利用、音声・映像利用トラフィックが急激に増加している。トラフィック増加により、現在でもインターネットの混雑時にはモバイルから接続しにくくなったり、映像コンテンツや音声などの品質が劣化したりすることはよくある。この状態にこれから急増することが確実なIoTデバイスの相互間通信や情報集約、配信などのトラフィックが乗ることを考えると、IPネットワークの先行きは大いに不安。そこでネットワークの仕組みを最初から考え直し、IPネットワークの先の、もっと効率的な次世代ネットワークを作ろうというのが情報指向ネットワーク構想の出発点だ。
- IPネットワークの何が問題なのか
IPネットワークは入手したいWebサイトのコンテンツを指定するのに「URL」(Uniform Resource Locator)を使うが、その文字が示すように「ロケーション=位置」をベースにして情報をやりとりするプロトコルだ。そもそもサーバも端末も移動することを前提にした仕組みではないので、通信の経路制御の仕組みはモバイル利用や特に自動車などの移動体通信には向いていない。URLはIPアドレスに変換するためにDNSサーバに問い合わせる必要があるし、IPアドレスが入手できても通信経路はネットワーク内の多くのルーターがそれぞれ保持するルーティングテーブルに従って決定されるため、ダイナミックな端末やサーバの位置移動にはルーティングテーブルの頻繁な更新が必要になってしまう。
階層化したDNSサーバと端末間のやりとりやルーター同士の経路情報のやりとりはそれぞれサイズは小さいとはいえ、移動端末が増えて複雑化すると経路制御のための通信が急増して遅延を引き起こす。加えて映像などサイズの大きなコンテンツも増加するため、さらに帯域を圧迫してしまう。人による利用だけでも未来が憂慮されるが、これからのIoT時代ではM2Mデバイスがやがては500億個を数えると言われており、機器間の相互通信や各機器からの情報集約のためのトラフィックが上乗せされると、ますます帯域が圧迫されることが予想される。
そこで、IPネットワークの有効活用のためにこれまでP2P通信やCDN(Contents Delivery Network)などの技術が使われてきた。しかしどちらもIPネットワークの課題を根本解決するものではない。今後ますます増えるモバイル通信、特に車載装置のような高速に移動する端末との通信への対応も考えた、根本解決のための切り札として、ネットワーク自身に経路制御やコンテンツ配信を効率的に行う新しい仕組みが研究されている。それが「情報指向ネットワーク」だ。
- トラフィック増加に対応できる「情報指向ネットワーク」の仕組み
情報指向ネットワークは、従来のIPネットワークとは異なる考え方をとる。基本は、情報に対して「名前=データID」を付与し、従来のIPネットワークのようにデータのありかを示すIPアドレスを使うのではなく、データそのものを指すデータIDだけで欲しい情報にたどり着けるようにすることだ。そのための主な方法として、図1に示す2つのタイプが考えられている。
左の「名前ルーティング型」(CCNが代表例/「関連するキーワード」の項参照)は、中継ノードがデータIDへの「次のホップ」だけを経路情報として保持する方法だ。例えば図左のHost 1にあるa/b1/c1(このようなデータIDについては「関連するキーワード」参照)と名付けられたデータへの直接経路は中継ノードであるNode 1112が知っている。その上位にあるNode 111は、a/b1/c1にたどり着くにはNode 1112にリクエストを渡せばよいことだけを知っている。各中継ノードはルートノードも含めて同じように経路情報を保持し、コンテンツのコピー(キャッシング)も行うことができるようにしている。端末は映像などの大きなデータであっても元のデータをもつホストからではなく、途中の中継ノードからデータをもらうことができるので、トラフィック量が抑えられる。
もう1つの「名前解決型」(NetInfが代表例/「関連するキーワード」の項参照)は、名前ルーティング型と同様の方法にプラスして、IPネットワークの場合と同様に、経路情報を集約して名前解決用のサービスを提供するDNS代わりのノードを設ける方法だ。図ではルートノードがそれを担当しているが、下位の中継ノードが分担してもよい。コンテンツのコピー(キャッシング)は中継ノードが行って、要求した端末(複数の場合も)に送信する。あるいは途中でコピーせずに要求があり次第にコンテンツを保持するサーバからユニキャストで送信する仕組みをとる。
- 「情報指向ネットワーク」の利点
少々複雑だが、いずれの方式も、データに名前で直接アクセスできることが最大のポイントだ。また中継ノードなどにコンテンツをキャッシュするので、ソースのありかにまでアクセスせず、途中のノードから取って来ることができるため、遅延が起きにくくなる。さらにコンテンツは複数の中継ノードが保持することになるので冗長化により安全性が向上する。
これら特徴により、端末やサーバが移動してもキャッシュコンテンツや経路情報は近傍の中継ノードを利用できるため、移動性が高まる。さらに、現在は通信経路上の暗号化などで担保しているセキュリティを、データそのものに署名をつけてデータにセキュリティ機能を持たせられることも、IPネットワークとは異なる重要な利点だ。加えて、パブリッシュサブスクライブ型の通信のような1対多通信や多対多通信、あるいは時として情報発信側と受信側が入れ替わるような通信にも対応できる。
- これまでの情報指向ネットワークの課題
ただし従来方式には課題もある。「名前ルーティング型」はデータ数が膨大な量にのぼる場合、中継ノードが保持する経路情報からどんどん増えていく。IoTでは中継ノードも多量に必要なため低コストである必要があり、機能性や性能面で貧弱なデバイスでは荷が重くなってしまう。また、端末やサーバが広範囲に移動した場合に、送信元の周囲の中継ノードで経路情報の更新が頻繁に行われるため、中継ノードの負荷が高くなってしまうのが課題だ。
一方「名前解決型」では、端末やサーバの移動や、通信の開始、データの変更などの都度、名前解決ノードの情報を更新する必要があるのが問題。個々の中継ノードの負荷は軽減してもルートノードや名前解決ノードの負荷は高まり、全体としての負荷軽減は難しい。
新しい情報指向ネットワーク技術「DCN」とは
これら課題を解決するために研究されているのが「DCN」だ。これは、上記2タイプのいいとこ取りのような仕組みをとる。図2に仕組みを示す。
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