「単なる試作機器や製造設備で終わらせないためには?」――今、求められる3Dプリンタの真価と進化:3Dプリンタブームのその先(2/5 ページ)
作られるモノ(対象)のイメージを変えないまま、従来通り、試作機器や製造設備として使っているだけでは、3Dプリンタの可能性はこれ以上広がらない。特に“カタチ”のプリントだけでなく、ITとも連動する“機能”のプリントへ歩みを進めなければ先はない。3Dプリンタブームが落ち着きを見せ、一般消費者も過度な期待から冷静な目で今後の動向を見守っている。こうした現状の中、慶應義塾大学 環境情報学部 准教授の田中浩也氏は、3Dプリンタ/3Dデータの新たな利活用に向けた、次なる取り組みを着々と始めている。
3Dデータをより柔軟に流通・活用
現状、3Dデータは3次元CADで作られ、3Dプリントした後もインターネット上のコミュニティーサイトに投稿されシェアされたりもしている。しかし、ネット上では、動画や画像、文章のコンテンツが全盛であり、「3D」という表現がまだ一般的なものになっていない。また、ゲームやVR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)分野、医療分野でも3Dデータは使われているが、ファイル形式が違っており、相互運用性が低い。“3Dの世界”を広く一般の人にも気軽に利用してもらうためには、こうした垣根を取り払い、3Dデータの流通可能性や編集可能性、再利用性を高めないといけない。「そこで現在、3Dデータの新しい国際的ファイルフォーマット『AMF(Additive Manufacturing File Format)』の策定と、Web上で3Dデータを編集・流通するためのプラットフォームの研究を進めている」(田中氏)。
実際に、3Dデータを3Dプリンタで物質化して楽しんでいる人たちは、それほど多くない。こうした状況は、今後もしばらくはそう大きく変わらないだろう。「3Dプリンタは、“データを物質に変換する”ことを可能にした。これからは、逆に『3Dスキャナ』を使って、“物質をデータに変換する”ことも広がってくるはずだ。これは良いことだと解釈していて、これまでのような“データから物質へ”の方向だけでなく、“物質からデータへ”という反対向きの流れが混ざってくることで、初めてダイナミズムが生まれて、新しい創造力が活性化すると思っている。3Dスキャナとは要は、3Dカメラのことだ。少し先の未来では、恐らく多くの人が3Dデータをスマートフォンで取得して、ネット上に投稿するようになるのではないか。そして、そのうちの何割かの人が気に入ったものを3Dプリンタで好きな素材を使って、好きな場所で物質化する。そうした生活を本当に実現するためには、クラウドやPCの画面(Webブラウザ)上で3Dデータを自由に扱える仕組みがまず必要だと考えている」(田中氏)。
3Dグローバル検索ナビ「Fab3D」の取り組み
こうした考えから現在、田中研究室で着手している研究の1つが、3次元形状の総合検索エンジン「Fab3D」だ。インターネット上に分散している無数の3Dデータを横断的に検索できるもので、世界中のWebサイトをクローリングし、検索対象となる何万という3Dデータのインデックス(目次)を慶應義塾大学 SFCのサーバに構築しているという。
「3Dデータを投稿するポータルサイトやコミュニティーサイトが乱立し始め、ユーザーにとって使いにくい状況になりつつある。ネットでは、初めてアクセスするユーザーが欲しいデータを見つけられなければ何も始まらない。そこで、総合的な検索エンジンが必要だと考えた。3Dデータの検索はいずれGoogleもやりそうなことだが、類似形状を検索したり、3Dデータのコレクションを作ったりできるアルゴリズムに、日本人的な“モノに対する独特の感性”を発揮できそうだという手応えがある。Googleには作れないものを作りたい」と田中氏。
現状、Fab3Dの検索窓に「Gear」のようにキーワードを入力すると、「歯車」の形状をしたさまざまな3Dデータが一覧表示される。ただ、機能はこれだけではない。検索でヒットした3Dデータを、1つの3次元空間の中に並べて表示する機能も備わっており、箱庭のような不思議な空間が出来上がる。「博物館の標本を自由に手で触れられる。そんな世界観をイメージしてインタフェースを設計している。3次元空間に表示された3Dモデルはマウス操作で移動もできる。『Chess』と検索すれば、3次元空間上に『チェス』の駒が落ちてくるので、実際にゲームをしているような感覚も楽しめる。もちろんこれは検索エンジンなので、実際に3Dデータが存在しているWebサイトへリンクで誘導している」(田中氏)という。
世の中には既に「Yobi3D」や「Yeggi.com」という3Dデータの検索エンジンが存在するが、田中氏らが手掛けるFab3Dでは、前述の3次元空間上での検索結果表示に加え、ライセンス的に許諾された一部の3Dデータに対して追加編集を行う機能も検討しているという。追加編集機能は現在、「STLモード」「Voxelモード」「AMFモード」の3つが開発されている。STLモードでは、形状を「風船」のような柔らかい(膜のような)材料に見立てて、表面のメッシュをゆがめたり、空気を入れて膨らませたりするモーフィングが行える。Voxelモードでは、立体的なドット絵のようなイメージで、ボクセルを足したり、引いたりして形状編集が行える。そして、AMFモードでは、「色付け」「アノテーション(注記)付与」が行える。
田中氏も策定に関与している、次世代3Dデータ国際標準フォーマットのAMFは、色、材質、内部構造だけでなく、部位ごとの材質の使い分けや使用する材料の比率、メタデータなどを情報として記述(保持)できる。そのため、AMFは金属の3Dプリンティングをはじめ、主に製造業での可能性に期待が寄せられているが、“3Dデータのコンテンツ化”の観点から見ても非常に有効なものだという。
「その理由の1つが色指定だ。AMF形式であれば3Dデータに対して、塗り絵のように自由に色を付けて楽しむことができる。また引き出し線付きの注釈も付けられるようになったので、3Dデータ上の任意の場所に説明やコメントを入れることも可能だ。こういった3次元形状に対する『編集』が、コンテンツとしての可能性を広げてくれると思う」(田中氏)。
開発は始まったばかりで、実用化に向けてまだクリアすべき課題が残されているものの、Fab3Dのような仕掛けは、3Dデータをより身近に感じてもらうために有効なものとなりそうだ。さらなる発展の可能性について田中氏は、「3Dデータを作れる人だけが楽しめるのではなく、3Dデータを1つのコンテンツとして捉え、誰かが作った3Dデータの形状を編集して楽しむ人、色やコメントを付けて楽しむ人、説明を書き込む人など、役割の異なるプレイヤーが周りに現れてコミュニティーが生まれると、面白い世界が広がっていくのではないだろうか。例えば、『ニコニコ動画』のような世界が築けるかもしれない」と語る。
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