医療現場の流体解析――日本人の死因第4位 脳血管疾患の病理解明:CAE事例(2/3 ページ)
慈恵医大と東京理科大は流体解析の分野で共同研究し、脳血管疾患の治療や病態解明に取り組んでいる。工学の専門家ではない医師が簡単に利用できる「目的特化型」のCFD(数値流体力学)ツールも開発中だ。
脳動脈瘤の成長の原因を探る
最新の流体に関する研究の1つが、動脈瘤が「破裂する場合」と「しない場合」で流体力学的な違いが出るのかを調べたものだ。東京理科大 博士課程の鈴木貴士氏によると、同じような大きさ、形で同じような場所にある動脈瘤でも、破裂するものとしないものがある。鈴木氏らはデータベースから破裂した症例と未破裂の症例を合わせて150症例以上選び出し、破裂前の形状を解析し、破裂に関連があるといわれているWSS(wall shear stress:壁面せん断応力)をはじめ、EL(energy loss)、OSI(oscillatory shear index:振動せん断指数)、PLC(pressure loss coefficient)といった物理パラメータを統計的に調べた。そのうち、ある部位の血管にできた動脈瘤については、PLCにおいて破裂と未破裂で統計学的に有意差があった。今後も、他の発生部位に関しても継続して検討していく必要性があるという。
網目が密なステントを置くことで動脈瘤内への血液流入を少なくする方法(flow diverter stent、日本では未承認)もある。最近の報告で、ステント留置術後に破裂した症例があるがメカニズムが分かっていない。解析によって破裂の危険性が予測できるかモデル化なども行いながら研究を進めているという。
現在は、血液を粘性が一定値のニュートン流体として扱っているが、非ニュートン流体、すなわち速度勾配による粘性の変化を考慮して計算したいという。関西大学 環境都市工学部 エネルギー・環境工学科の山本秀樹教授らの開発した粘性の計測装置も用いながら研究を進めていくとのことだ。
脳動脈瘤が成長する例と成長しない例での比較などに取り組むのが、東京理科大 修士課程の門倉翔さんだ。WSS、EL、PLC、OSIは統計学的有意差がなかった一方で、内部の圧力には統計的に差があり、成長への影響が考えられるという。
首の血管が細くなる頸動脈狭窄症についても治療・研究している。血管の狭窄率を表す「NASCET法」による算出値があり、これを参考にして医師は治療を施す。だが「極端な狭窄でなくても脳梗塞を起こす患者がいる」(東京理科大 修士課程の篠原孔一さん)。そこで拍動を考慮した非定常解析を実施し、脳梗塞になったことのある患者とそうでない患者について、狭窄部のWSSに関して統計的に差が認められたという。医師として頸動脈狭窄の研究に取り組んでいる脳神経外科学講座の神林幸直医師は、「病理学で扱うのはある時点における結果でしかない。シミュレーションは時間の流れ、つまり進行を見ることができる。両方を関連付けることで経時的なメカニズムが解明できると考えている」と述べた。
脳動脈瘤に詰めたコイルがさらに押し込まれて、再び血流が流れ込んでしまうコイルコンパクションや、脳の動脈と静脈が不要なところでつながる脳動静脈奇形で発生する脳動脈瘤、また脳血管のバイパス手術の妥当性などについてもCFDを用いて研究している。東京理科大 学部生の藤村宗一郎さんは、医療に関わる研究を選んだ理由について、「身近な人が脳梗塞で倒れたこと、また医学は直接人の役に立つことに魅力を感じた」と話す。また同じく学部生の高山翔さんは流体解析の研究を選んだ理由として、「実験とは違った、短時間で多くのことを知ることができる手法として魅力的だったこと、研究室の先生の人柄の良さ」も大きかったという。
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