医療現場の流体解析――日本人の死因第4位 脳血管疾患の病理解明:CAE事例(1/3 ページ)
慈恵医大と東京理科大は流体解析の分野で共同研究し、脳血管疾患の治療や病態解明に取り組んでいる。工学の専門家ではない医師が簡単に利用できる「目的特化型」のCFD(数値流体力学)ツールも開発中だ。
製造業における新たなアプリケーションを生み出す分野として「医療」に注目が集まっているが、一方で参入の難しさを指摘する声も挙がっている。その中で、医師の立場から積極的に他学部との共同研究や産官学連携に取り組んでいるのが東京慈恵会医科大学(以下、慈恵医大) 脳神経外科と脳血管内治療センターである。東京理科大学(以下、東京理科大) 工学部と共同で取り組む脳血管内における流体解析の研究、および開発中の医療従事者専用CFDアプリケーションについて話を聞いた。
脳血管内治療センターは、名前のとおり脳血管疾患に関する治療および研究を目的とした施設だ。2004年に慈恵医大 脳神経外科の村山雄一教授をセンター長として発足し、多くの脳血管疾患の患者を受け入れている。産官学連携にも積極的で、医療関係者向けスマートフォン用アプリなどの医療用ソフトウェア製品も生み出している。
同センターと共同で流体解析関連の研究に携わるのが、東京理科大 工学部第一部 機械工学科の山本誠教授の研究室だ。同研究室では航空宇宙や産業機械などにおける数値流体力学、特にマルチフィジクスを研究するとともに、2010年から慈恵医大と協力して脳血管疾患の研究に取り組んできた。
共同研究の理由について、「脳血管の治療では、カテーテルを通して血管内にステント(編注:網状の筒)を入れるなど、医療器具が深く関わってくる。そのため医工連携は自然な流れだった」とセンターのメンバーとして治療や研究にあたっている慈恵医大 脳神経外科学講座の高尾洋之 医師(兼 東京理科大学 客員准教授)は言う。
さまざまなアプローチで脳血管疾患に挑む
脳血管に生じる病気の総称である脳血管疾患(脳血管障害)は日本人の死因の第4位だ(※)。脳梗塞(脳の血管がふさがれ、脳に栄養が行き渡らなくなる)やくも膜下出血などが挙げられる。くも膜下出血の大きな原因の1つが、脳動脈瘤という脳動脈にできる膨らみの破裂だ。脳動脈瘤が破裂すると、約3分の1の人が亡くなり、3分の1が社会復帰し、3分の1の人は何らかの後遺症が残るという。そのため破裂のメカニズムを解明し、未然に破裂を防ぐことが重要になる。
脳動脈瘤の治療は、本人の意向などを踏まえた経過観察(血圧をコントロールする薬などによる内科的治療は継続される)と、破裂予防のための手術、すなわち外科的な治療に分けられる。外科治療には「クリッピング」と「コイル塞栓」の2通りがある。クリッピングは、こぶの根元をチタン製クリップで挟んで閉じてしまう方法だ。ただし頭の骨を開けることが必要で侵襲性の高い手術になる。一方、コイル塞栓術は「カテーテル」と呼ばれる管を血管内に通し、ワイヤーでカテーテルを目的の脳動脈瘤に誘導した上で、カテーテルを通じて脳動脈瘤内にコイルを送り、脳動脈瘤の内部に詰める方法である。手術における侵襲性は低いが、こぶの入り口の形によっては適用しにくかったり、術後の再治療の可能性といったリスクを伴うという。なお現在はステント(網状の筒)を置くことで、こぶ周辺の条件によらずコイルを詰めることが可能になる、コイルアシストステントという手法が開発され、その適応が拡大しつつある。
破裂していない動脈瘤(未破裂脳動脈瘤)の破裂率は年間約1%であり、一方手術した場合には3〜4%の割合で合併症を発する可能性がある。破裂と治療のリスクを比べて、手術するかどうか判断することになる。現在、脳動脈瘤の発生や成長、破裂などの原因因子ははっきりと特定されていない。そのため、さまざまな手段で研究されており、CFDもその1つとして各研究・医療機関で取り組まれている。同センターでは、脳血管疾患の原因となり得る脳動脈瘤や頸動脈狭窄の発生および成長、破裂因子の解明、診断基準に流体解析を取り入れて研究している。
治療現場と同じ場所で研究
慈恵医大と東京理科大の研究体制の特徴が、医学・工学メンバー間の距離の近さだ。治療の現場であるセンター内で共同研究ができるため、直接、臨床データを参考にして医師たちと意見を交わしながら流体に関する研究ができる。臨床データを外部に出すことは簡単ではないため、CT画像などを利用して迅速に解析、議論するための環境が整っているのは大きいという。また同センターでは、約3000人の患者のデータベースを持っており、未破裂および破裂後の撮影データを用いて、症例数の多さを生かした、より高度な検討ができるとしている。
手術に際しても、医師の経験や知識を基に手術するが、参考として流体解析結果に目を通すこともよくあるという。なお解析環境は、CTで撮影された医療用画像フォーマット「DICOM(ダイコム)」のデータから3次元モデルを作成し、画像可視化ソフトウェアの「amira」に取り込んでサーフェスを生成した後、「ANSYS CFX」で解析している。
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