自分が欲しい物を作るためにコストと時間を惜しみなくかけた卓上CNCフライス開発:メカ設計インタビュー(2/4 ページ)
オリジナルマインドの設計者が、鋼材も削れる卓上CNCフライス新製品「KitMill AST200」の開発秘話を明かした。同社創業時のエピソードも紹介する。
社内では「AST200は鋼材を削るので、『切削油の機構がなくて大丈夫なのか』」と心配する声もあったという。ただ、それを採用すると装置が大きくなってしまうので、今回はあえてドライタイプとした。またKitMillは自分で組み立てて、カスタムする喜びもある故、あえてそんな課題も残したそうだ。
さらに特徴としては、「スピンドル出力を向上させ切削時間の短縮したこと」と、「一般的なフライス盤で使用されているT溝スロットを採用し、他社製品でもある程度柔軟に取り付けられるようにしたこと」を挙げた。
「『鉄が切削できる』というコンセプトを実現するだけであれば、フレームの剛性があるだけで十分ということが実験で分かっていました。ただ、ユーザーの立場で考えてみると、鉄が切削できるだけで、切削時間は前の機種から変わらないということだと、価格に相当する魅力が見出だせませんでした」と五味氏は話す。
「自分自身もオリジナルマインドユーザーの一人ですが、過去の機種で一番気になっていたのはモータの出力でした。実際、市場ではもっと激しい出力の機器も販売されており、その機種と見比べてしまうと物足りないと感じるユーザーもいらっしゃるようです。一方、出力を高め過ぎると『個人向けの卓上機器』としては危険です。自分としては、AST200は100Wというちょうどよい出力に落ち着いたと考えています」(五味氏)。
そのシンプルな姿からは想像しがたいかもしれないが、AST200の開発はとにかく膨大な手間と費用がかさみ、苦難苦闘の連続だったという。開発期間は、2011年05月〜2014年9月。トータルで3年4カ月、作業時間換算で1723時間だった。
特にスピンドルモータの実験には多くの時間を割いたという。「価格や大きさなどの制約からモータを特注しましたが、これが結構、取り扱いがシビアなものでした。メーカーから、発熱はこの温度以下に抑えて使用してくれと言われましたが、普通に回すだけで規定温度を超えるんです。対処するためにモータの外側を冷やしてみましたが、肝心な内側が一体どれくらい冷えているのか不明でした。それを測定するためにモータに穴を開けて測定してみたり、冷却効率を上げるために内部の空気を排出する方式に変えたりもしました」(五味氏)。
負荷試験では、一定の負荷を与え続ける手段が社内になかったため、ひたすら鋼材を削り続けたという。「削っている最中に刃物が傷み、負荷が変わってくるので、スピンドルの電流を監視しながら何時間も手動で負荷を調整することもありました」(五味氏)。
高出力のモータがかなえる切削力に耐える剛性を実現するため筺体に鋳鉄を採用したが、それが駆動時の振動音を抑えることにもつながっているとのことだ。今回は、鋳鉄を採用した「KitMill RD300/420」開発時のノウハウが生きた形だ。「RDの開発経験がなければ、AST200はいまだに発売できていなかったかもしれません。鋳鉄が固まる過程や加工を施した際に発生する変形やゆがみへの対処や、型を崩さず、外見に影響しない湯口の位置など、さまざまな改善にかなりの時間をかけました」(五味氏)。できるだけ「良質な鋳物」を実現するために、鋳造の発注先の選定にも時間をかけたとのことだ。
AST200は従来のKitMillの装置と比較すると価格がやや高くなってしまったので、それに釣り合うような外観にデザインしたという。部品の露出を極力抑えるようカバーで覆い、全体を黒でまとめて落ち着いた雰囲気となった。
「バルキリー」と「DMG」のような!?
AST200の初期試作品は、既存部品の寄せ集めで作られた装置だった。「鉄が削れる卓上CNCフライス」の原理試作に近く、外観がきちんとデザインされているわけではなかった。その試作品を基に、現在の形にデザインしたのが、以前MONOistでも取り上げたテクノフレキスの設計者 藤崎淳子氏だ(関連記事:女子力とは「誰かのためになることを考える力」)。
藤崎氏自身もオリジナルマインドの卓上CNCフライスのユーザーであり、とにかく「自分が使いたい卓上切削機を作りたい」と考えたそうだ。また「所有する喜び」をかなえるために、「凛々しく、美しいデザイン」にしたいと、全体的に適度な丸みを帯びた感じに仕上げたということだ。
デザインを考える際、アニメ「超時空要塞マクロス」の可変戦闘機「バルキリー(初代VF-1)」の足が頭に思い浮かんだと藤崎氏は話す。「スタジオぬえ(マクロスを企画した制作スタジオ)の『メカニックデザインブック』に載っているバルキリーのメカニカルデザイン(イラスト)はグラマラス(豊満)なんです。この感じを鋳物で表現すれば美術品的な風格を備えることができるんじゃないかと思いました。もちろん剛性を優先的に配慮し、型を開く方向と抜き勾配への配慮もあり、デザインとの釣り合いで妥協した部分もたくさんあります。でも、その過程で自分のエゴもそぎ落とせたので、かえってよかったかなと思いました」(藤崎氏)。
もう1つのデザインイメージとしては、DMG(DMG森精機)の工作機械を挙げた。「私だけかもしれないですけど、DMGの5軸加工機とか目の前にすると、ちょっと息を飲むほど気持ちが引き締まるんですよ。『DMGを使って不良品作ったらみっともないぞ!』と、オペレータを緊張させて鼓舞するものがあると思うんです。それをAST200から少しでも感じてもらいたいと思いました。その意図を具現化するにあたり、バルキリーのデザインスケッチがマッチしたんです」(藤崎氏)。
五味氏は、「社内だけでデザインしたら、もっと無難なデザインになっていたかもしれません」と話す。「今回藤崎さんとお仕事をさせていただいて大正解でした。鋳物のデザインは当初、最低限の形しかない状態で、かなりいい加減な状態で依頼をしてしまいました。藤崎さんご自身で明確なビジョンを持って取り組んでいただき、その結果として、『一発OK』のデザインをいただきました」(五味氏)。
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