「はやぶさ」「あかつき」の苦難を糧に 〜化学推進系の信頼性対策【後編】〜:次なる挑戦、「はやぶさ2」プロジェクトを追う(9)(3/3 ページ)
「はやぶさ2」の化学推進系は、どのように改善が図られているのか。大きなトラブルに見舞われた「はやぶさ」初号機の化学推進系について取り上げた【前編】に続き、今回の【後編】では、はやぶさ2で施された対策について具体的に見ていくことにしよう。
未搭載の“幻のアイデア”も
ただ、調圧系を2つに分けるというのは、ほとんど前例がない。というより、これはむしろ「苦肉の策」ともいえる。森助教も「今回は時間がなかったため調圧系を分離したが、今後はやらない」と断言する。重量が増すなどのデメリットもあるからだ。
調圧系には、高圧ヘリウムが使われている。今回、調圧系を分離したことで、塩の生成というリスクは排除できたが、その半面、高圧部が増えたことが新たなリスクにもなり得る。万一、高圧部が壊れたら探査機に深刻なダメージを与えかねないからだ。
今回、実際に採用されなかったが、この対策として、森助教は「気液平衡調圧系」を使うというアイデアも考えていたという。この考えのもとになったのは、「IKAROS」に搭載されていた「気液平衡スラスタ」である。
気液平衡スラスタは、推進剤(「IKAROS」では代替フロン)が気化して発生したガスをそのまま噴射することで、推力を得るというもの。推進剤(液化ガス)の蒸気圧を利用するため、高圧の押しガスは不要だ。気化するガスというのは、例えば身近な例では、ライターの燃料のようなものをイメージすればいい。
気液平衡調圧系は、この気液平衡スラスタの仕組みを、調圧系に応用したものになる。ヘリウムの代わりに、気化したガスで推進剤を押し出すわけだ。押しガスは液体で保存されているので、調圧系から高圧部を排除できる。
ところで、調圧系を分離すると、高圧ガスのリークなど、故障のリスクが増えてしまう恐れもある。2つの調圧系は冗長構成ではなく、それぞれ、燃料側と酸化剤側に必要なものだからだ。
これは単純に確率の問題である。例えば、同じ故障率の装置が2つあるシステムを考えてみよう。分かりやすくするために、故障率を10%としよう。もし、この2つの装置のうち、1つでも動いていればいいのであれば(冗長構成)、システムとしての故障率は1%になる。しかし、両方が必須なのであれば、システムとしての故障率は19%と逆に増えてしまう。
考えられるパターン | 確率 | |
---|---|---|
AもBも故障しない確率 | 90%×90%=81% | |
Aのみが故障する確率 | 10%×90%=9% | |
Bのみが故障する確率 | 90%×10%=9% | |
AとBが両方故障する確率 | 10%×10%=1% | |
合計 | 100% | |
表2 2つの装置A、Bがあったときの故障率 |
だが、調圧系が故障するリスクを検討した結果、たとえ「打ち上げ直後にリークが発生して調圧系が使えなくなった」というような最悪なケースでも、着陸回数を少なくするなど運用を工夫すれば、地球帰還まで最低限のミッションは可能であることが分かった。
この場合、調圧系のバルブを閉め、以降は燃料/酸化剤タンク側にたまっていたヘリウムガスの圧力のみで推進剤を押し出すことになる。このブローダウンの状態だと、燃料/酸化剤を噴射すると徐々に圧力が低下していくのだが、酸化剤は発生する蒸気が多いため、ヒーターで温めることで、ある程度圧力を上げることができる。一方、燃料は初号機よりも搭載量が少なく、タンク内の空きスペースが広かったため、ブローダウンがやりやすい状況にあったのだ。
トラブルを克服できるか
日本の探査機は、火星探査機「のぞみ」、小惑星探査機「はやぶさ」、金星探査機「あかつき」と、化学推進系のトラブルで苦い目にあってきただけに、関係者の間には「今度こそ」という強い思いがある。
森助教は、「今できる範囲で、全ての対策は打った。ベストではないかもしれないが、十分最後までミッションを遂行できるだろう」と語る。初号機で完遂できなかった役割を、今度は果たすことができるか。「はやぶさ2」でのリベンジに期待したい。
筆者紹介
大塚 実(おおつか みのる)
PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「日の丸ロケット進化論」(マイナビ)、「3Dプリンタ デスクトップが工房になる」(インプレスジャパン)、「人工衛星の“なぜ”を科学する」(アーク出版)、「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)など。宇宙作家クラブに所属。
Twitterアカウントは@ots_min
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