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「はやぶさ」「あかつき」の苦難を糧に 〜化学推進系の信頼性対策【後編】〜次なる挑戦、「はやぶさ2」プロジェクトを追う(9)(2/3 ページ)

「はやぶさ2」の化学推進系は、どのように改善が図られているのか。大きなトラブルに見舞われた「はやぶさ」初号機の化学推進系について取り上げた【前編】に続き、今回の【後編】では、はやぶさ2で施された対策について具体的に見ていくことにしよう。

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あかつきでトラブルが発生!

 ところが、ここで金星探査機「あかつき」の化学推進系で事故が起こる。「はやぶさ2」と「あかつき」の化学推進系は全く同じというわけではないが、「はやぶさ2」の設計はこの事故を受け、さらに変更されることになる。

 「あかつき」の化学推進系には、姿勢制御用のRCSと、軌道制御用のOME(Orbital Maneuver Engine)という2種類のエンジンが搭載されていた。事故が起きたのは、推力500N、2液式のOMEだ。金星接近時に減速のためOMEの噴射を開始したところ、152秒後に姿勢が大きく乱れ、約158秒で燃焼を中断。周回軌道への投入に失敗してしまったのだ。


あかつきの推進系
「あかつき」の化学推進系。OMEは500Nの2液式、RCSは23N/3Nの1液式だ(「『はやぶさ2』化学推進系の追加対策について」より抜粋) ※画像クリックで拡大表示

 この原因について述べる前に、まずは「あかつき」の化学推進系の構成について、説明しておく必要があるだろう。

 上図の中央に並んでいるのが燃料タンク(左)と酸化剤タンク(右)である。上流側で供給されるヘリウムガスの圧力で推進剤を押し出し(これを押しガスと呼ぶ)、推進剤を下流側、つまりOME/RCSの方に流し込んでいる。押しガスのヘリウムは、図の最上部にある高圧タンクで保存。これを一定の圧力に減圧して使っているので、このような上流側は「調圧系」とも呼ばれる(調圧しない「ブローダウン」という方式もある)。

 配管の各所にバルブが設置されており、流れをコントロールしているのだが、問題が発生したのは、調圧系の燃料側にある逆止弁(CV-F)だ。上流側で燃料と酸化剤が混合すると非常に危険なので、逆止弁はその逆流を防ぐために設置されている。ところが、酸化剤の蒸気が想定以上にバルブを透過しており、CV-Fのところで燃料の蒸気と反応して塩(えん)が生成。正常に開かなくなってしまったとみられている(「あかつき」の事故について、詳しくは以下の関連リンクを参照)。


 この状態でOMEを噴射したため、燃料側に十分な押しガスが供給されず、圧力が低下。結果として、酸化剤が過剰な条件での異常燃焼となり、外乱トルクが発生したことで、姿勢を維持できなくなったと推定される。当初、「あかつき」で初めて採用されたセラミックスラスタも原因として疑われたが、セラミックスラスタのせいでは全くなかった。

 「はやぶさ」初号機では、金属ダイヤフラムによって酸化剤の蒸気は完全に遮断されているため、同じような現象はまず起きない。しかし、「はやぶさ2」では、酸化剤タンクが表面張力タンクに変更されており、酸化剤の蒸気が上流側に漏れ出し、バルブに塩ができる可能性を完全には否定できない。

 そこで急きょ、RCSの設計を変更することになり、さまざまな構成案についてトレードオフを検討。その結果、最終決定した構成が下図である。

設計変更2
RCSの設計変更(その2)。調圧系を完全に2つに分けた(「『はやぶさ2』化学推進系の追加対策について」より抜粋) ※画像クリックで拡大表示

 「はやぶさ2」の新しい設計では、上流の調圧系を2つに分けるという、思い切った構成を採用した。当初「はやぶさ2」で検討した調圧系は、「あかつき」とは使っているバルブも違い、使用条件も異なるため、また同じ問題が起きる可能性があるとは必ずしも言えない。しかし、打ち上げまでの時間がなく、検証結果が出るのを待っていられないという事情もあり、この構成を採用した。これであれば、上流側で燃料と酸化剤の蒸気が反応する可能性は、原理的に100%排除できる。

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