「はやぶさ2」は重大トラブルを回避する安心設計 〜化学推進系の信頼性対策【前編】〜:次なる挑戦、「はやぶさ2」プロジェクトを追う(8)(3/3 ページ)
姿勢制御に使われるリアクションホイールの故障を挽回する活躍を見せた一方で、燃料漏れを起こし「通信途絶」という大ピンチを招いた「はやぶさ」初号機の化学推進系。「はやぶさ2」ではどのような改善が図られているのだろうか。
トラブルで一時は行方不明に
化学推進系は、ほぼ全ての衛星や探査機に搭載されており、“ありふれた技術”であるともいえるが、決して簡単というわけではない。
記憶に新しいのは、金星探査機「あかつき」(PLANET-C)でのトラブルだ。詳細については次回述べるが、燃料側のバルブが正常に開かなくなったことで異常燃焼を起こし、軌道制御用エンジン(OME)が停止。金星周回軌道への投入に失敗する事態となった。
そして、「はやぶさ」初号機でも大きなトラブルがあった。
初号機は、2005年11月26日に2回目のタッチダウンを実行した。着地後に、予定通りRCSを噴射して離脱したのだが、その数時間後に燃料漏れが発生。姿勢制御ができなくなり、同28日には、一時、通信が行えない状態となる。このときはすぐに通信が回復したのだが、復旧運用中の12月8日、帰還に向けて機体を温めたところ、内部で凍っていたとみられる燃料が気化して、機体から噴出。再び姿勢が制御できなくなり、通信が完全に途絶えてしまった。このときの状況は、JAXAのWebサイトに詳細が掲載されている。
初号機が発見されたのは、2006年1月23日のこと。このとき既に、RCSは使用不能な状態に陥っており、帰還に大きな支障を来すことになってしまった。イオンエンジンのキセノンガスを姿勢制御にも使うなどし、何とか地球まで帰還したものの、地球を回避する手段がもはや残されておらず、大気圏に再突入して“燃え尽きた”ということは、連載第7回で述べた通りだ。
2回目のタッチダウンの後、初号機のRCSに何が起きたのか。得られたデータから推測するしかないため、原因を完全に特定するのは難しいのだが、探査機の上昇を止めるため、上側のスラスタを噴射した後、姿勢制御しようとしたところで、「B系統の2番」と呼ばれるスラスタから燃料が漏れたということは確かなようだ。
「はやぶさ」のRCSはA系、B系に分離されており、もし一方にトラブルが発生したとしても、もう一方には影響が出ないように考えられていた。そのため、B系に燃料漏れが起きたとしても、A系は問題なく使えるはずだったのだが、このとき、A系もB系も凍ってしまい、どちらも正常に動作できない状態になっていた。
凍結の原因としては、燃料の気化による温度の低下が考えられるが、「再現実験を試みたが再現できなかった」(森助教)とのことで、特定には至っていない。
実は燃料漏れの翌日、森助教はスーパーバイザーとして初号機の運用を任されていた。機体の状態がよく分からない中、かなり緊迫した運用だったようで、森助教は「今でも夢に出てくる。トラウマですよ」と苦笑いする。
燃料漏れについては、幾つかの原因が推定されているが、「はやぶさ2」のRCSでは、「原因が完全に特定できていなくても、燃料漏れに対しては、あらゆる対策を取っている。もし仮にまた燃料が漏れたとしても、片方の系統は必ず生き残るようにしている」(森助教)という。この対策の詳細については、次回解説することにしたい。
筆者紹介
大塚 実(おおつか みのる)
PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「日の丸ロケット進化論」(マイナビ)、「3Dプリンタ デスクトップが工房になる」(インプレスジャパン)、「人工衛星の“なぜ”を科学する」(アーク出版)、「小惑星探査機『はやぶさ』の超技術」(講談社ブルーバックス)など。宇宙作家クラブに所属。
Twitterアカウントは@ots_min
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