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中国語の「没問題」は、本当に「問題ない」なのか? 〜オフショア開発とご近所付き合い〜山浦恒央の“くみこみ”な話(57)(2/3 ページ)

オフショア開発は、海外(外国人)に発注するから難しいのではなく、他人に発注するから難しい――。新シリーズでは、「オフショア開発とコミュニケーション問題」を取り上げる。今回は異なる言語間で意思疎通する方法、すなわち「翻訳」について解説する。

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3.翻訳とは?

 あらためて、翻訳とは何でしょうか。『異文化理解とコミュニケーション(1)ことばと文化』(著:本名信行、出版:三修社[2005年])によると、翻訳(translation)とは、文字に書いたものを別の言語に書き換える作業のことです。日本語を外国語に訳す、あるいは逆に、外国語から日本語に訳すことが翻訳に当たります。すなわち、日本語で書いた文章が“意味すること”を外国語に変換することです。翻訳により「表現」ではなく、「気持ち」を相手に伝えなければなりません。

 もちろん、翻訳は簡単ではありません。『異文化コミュニケーション教育―他者とのコミュニケーションを考える教育』(著:青木順子、出版:渓水社[2001年])によると、言語を翻訳する際の問題点として、以下の2つが挙げられています。



問題点(1):言語は1つ以上の意味を持つ

 言語は幾つもの意味を持ちます。単純な単語を1つとっても母国語と外国語とでは厳密な意味が異なります。例えば『標準テキスト オフショアプロジェクトマネジメント 【SE編】』(著:幸地司、霜田寛之、監修:北島義弘、倉田克徳、出版:技術評論社[2009年])によると、「問題ありません」の日本語訳と中国語訳は意味が若干異なるそうです(表2)。

 日本人は、未来も考えた上で「(これから永久に)問題はない」と解釈しますが、中国人は「現在、問題はない。将来は分からない」と考えます。このように、日本語の意味と必ずしも一致しないため、翻訳者は“外国語の厳密な意味を考えて訳す”必要があります。

言葉 厳密な意味 オフショア開発者の声
問題ありません(日本語) 問題分析の対象範囲(scope)が広く、網羅的 日本人の「問題ない」は、自分の認識だけでなく、これからも簡単には問題が発生しないという意味
没問題(中国語) 対象範囲は狭く、一般には判断基準に多くの主観が混ざる 「没問題」は、前に「現在」を付加して解釈する。すなわち、今までは何も問題なかったが、今後のことは、神のみぞ知るということ
表2 日本語の「問題ありません」と中国語の「没問題」のニュアンスの違い


問題点(2):言語には、文化に根差していて対応する訳がないものがある

 例えば、「湯水のごとく使う」という比喩があります。日本ではぜいたくに使うという意味ですが、中東のような「水」が希少な国では、うまく伝わらないそうです。水という言葉をアラビア語に翻訳しようとすると、対応する訳が簡単に見つからない可能性もあります。また、日本語で「白い歯を見せる」は、笑顔の代わりに使う表現ですが、英語では「激怒して歯を見せている」と逆の意味になります。

 このようなイディオムや慣用句を要求仕様書の中で使うケースはほとんどないので、大きな問題にはなりません。しかし、電子メールでのコミュニケーションの場合、日本では頻出語なのに、対応する英語がなくて困るケースが少なくありません。日本特有の単語として、「けなげ」「いじらしい」は、翻訳が非常に難しい単語です。英語にすると、「manly」「heroic」「brave」「admirable」「laudable」になるのでしょうが、一語で意味を完璧に伝えることができません。以下に、注意すべき単語を幾つか挙げておきます。

  1. 感情を含む形容詞 
    「かわいい」「いたいけ」「あどけない」
  2. 翻訳不可能な単語 
    「なまじ」「せめて」「やはり」「さすが」「いっそ」「どうせ」

 上記の「1.感情を含む形容詞」は、要求仕様書や電子メールでのやりとりで登場する可能性は非常に低いと思われますが、「2.翻訳不可能な単語」は、日本人技術者同士の会話や電子メールで案外よく出てきます。特に、ソフトウェア開発プロジェクトの遅延回復を相手側に要請する会議や電子メールでは、相手を「なだめて」「すかして」「おだてて」「脅して」……こちら側の要求をのんでもらわなければならず、これらの単語が頻出します。

 英語に対応する訳がない場合、翻訳者は、言葉のニュアンスを正しく伝えるために、“全く別の表現を使う”必要があります。そして、この「別表現」は、意外にシンプルだったりします。例えば、今から20年ほど前、筆者が米国西海岸に駐在していたころ、週に1時間だけ、日本語のテレビ番組の放送がありました。あるとき、英語字幕付きの『大岡越前』を見ていると、お奉行さまが江戸の火消しに「かたじけない」と頭を下げるシーンがありました。このとき字幕に目を向けてみると「Thank you」の文字が映し出されていました。何ともシンプルですね。筆者はこれを見て、翻訳の神髄に触れた気がしました。

 翻訳しにくいと思ったら、言葉の意味をまず先に考えてみましょう。そして、それを英語に置き換えるのです。仮にそれが英語らしい表現でなくても、こちらの意図は十分に伝わるはずです。まかり間違っても、某翻訳エンジンで出力された“英文もどき”をそのまま相手に送信してはいけません。

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