“学ぶ姿勢”ではいけない。インスピレーションでドライブする構造に――JAXAシニアフェロー 川口淳一郎教授:著名人キャリアインタビュー(3/3 ページ)
2010年、科学技術分野の国家予算にも容赦なく事業仕分けのメスが入る中、小惑星探査機「はやぶさ」が苦難の末に地球へ戻ってきたという知らせに、胸を躍らせた人も多いことだろう。そのはやぶさのプロジェクトマネージャとして脚光を浴びたのが川口淳一郎教授。多くの理系人が一度は夢見たであろう宇宙開発という仕事で成功を収めた川口教授は、どのようなキャリアを歩んできたのだろうか。川口教授が宇宙開発を選ぶまでの経緯、そしてこれから自身のキャリアを決めていくことになる理系学生に向けてのメッセージを聞いた。
“自分の専門”は選んだものか。進学・就職を機会に考え直すのもいいのでは
実は川口教授、自身の進路を宇宙開発に定めるまでに、メーカーの会社見学なども経験していたのだとか。そのときも意識したのは「インスピレーションが生まれる余地のある産業かどうか」という点だったという。
「かつて欧米が世界をリードしていた産業なら、きっと日本でもはやるだろうという構図が見えていました。けれど韓国で電子部品や自動車、中国で鉄鋼が発展したように、日本以外の国も同じ道をたどっています。
そう考えると、欧米で衰退した産業は、日本でもいつか同じ道をたどるのではないでしょうか。インスピレーションが貢献しない産業は、長続きしないと思います。日本のメーカーへの就職については、そういう目で見ていましたね」
そんな考えを持っていた川口教授からの就職に対するアドバイスは、大学・大学院での専攻にこだわらず、「自分が選択した道を見つめ直すこと」。論文を褒めてもらえた、テストでいい点数が取れたといった理由だけで考えない方がいいというのだ。
「就職すると意外な能力を発揮する人がいっぱいいます。人間は教育の中だけで適性を伸ばしきれるわけではありません。いろいろな環境に身を置いてみると、自分の持っている可能性の広がりに気付くはずです。
そもそも、“自分の専門”は自分が選んで取り組んできたものなのでしょうか。『Yes』ならいいんですが、高校から大学に進む段階で自分の進路を選ぶことは難しいはず。それなら大学院に進む時、就職する時に考え直してもいいのではないでしょうか」
研究者のゴールは何か? 論文を書いて実績を残すことではない
これから社会で働く学生に向けて伝えたいこと。それは先に触れた“学ぶ姿勢ではいけない”というメッセージだというが、同じ類の心得違いをしている研究者も多いのだと川口教授は警鐘を鳴らす。
「『自分の使命は、論文を書いて研究実績を残すこと』。一見、正しそうなのですが、間違っているんですよね。
研究者は演奏家のようなもの。レッスン(=教育)だけ受けていると難しい曲を演奏することがゴールだと勘違いしてしまうかもしれません。
本来は国という興行主がいて、その意向を踏まえて、観客(=国民)に支持されるような演奏(=研究)をするのが正しいわけです。オーケストラに属する個人演奏家の技量がどうこうではなく、ましてや『これを演奏させろ』という演奏家の意志は大事ではない。
トップダウンがあればボトムアップがあってもいいと思いますが、全体のバランスはとらないと。そこを見失わないように『ゴールは何か』と問い続けてほしいですね」
自分が研究しているのは何のためか。それは自分が興味を持っている分野で研究実績を残すためではなく、ひょっとすると「所属する組織・国家のため」という意識でも狭量なのかもしれない――。自身の認識が、じつは刷り込まれたものではないのか、もう一度見直してみてもよいだろう。
より多くの人に貢献する研究者になるためにはどうするべきか。そのゴールに向けた問い掛けを、くれぐれも忘れないでいてほしい。
プロフィール
独立行政法人宇宙航空研究開発機構 シニアフェロー
宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 教授
川口 淳一郎
1955年、青森県生まれ。1978年、京都大学工学部機械工学科を卒業。東京大学大学院工学系研究科航空学専攻に進み、1983年に博士課程を修了した。宇宙科学研究所では「さきがけ」「すいせい」「ひてん」「GEOTAIL」「のぞみ」などの開発に携わっている。
主な受賞歴に計測自動制御学会 技術賞(1987年)、日本航空学会 技術賞(2004年/2007年)、科学技術分野文部科学大臣表彰(2007年)、日本イノベーター大賞(2010年)など。
写真撮影:門脇 勇二
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