飛行機を作るには何が必要? なぜクラウドなのか:モノづくり最前線レポート(35)(4/4 ページ)
国内外の設計開発者が参加する大規模なモノづくりの難しさは何か。広く散らばる関係者が同一の設計データを共有することがまず難しい。3次元CADのデータは容量が大きく、インターネット経由のアクセスではリアルタイム性に欠ける。航空機を製造する三菱重工業が選んだのはクラウド+シンクライアントという解だった。
ネットワーク遅延対策技術
2番目のネットワーク遅延対策技術では、画面データ転送に従来のTCP(Transmission Control Protocol)を使わず、新たに開発したプロトコルを採用した(図4)。大量のデータを転送した場合、遠距離間の通信ではパケットロスが起こりやすくなり、データの再送処理が頻発する。つまり、通信速度が下がってしまう。新プロトコルではこれを防ぐことで、TCPよりも約6倍高速化できた。シンクライアント技術を国内−海外という組み合わせで使う際に最大の効果を発揮する技術だ。
図4 ネットワーク遅延対策技術の効果 光速の制限があるため、大陸間など遠隔地と信号をやりとりすると、どうしても往復で最大100ms程度の遅延が生じる。これは防ぐことができない。ただし、遅延によるパケットロスは改善できる。従来のTCPでは送信したパケットがネットワークの混雑などのために失われ、再送処理が起こり、さらに遅延が大きくなる。このため、最大通信速度が急速に低下していく(青線)。新プロトコルではパケットロスの影響が出にくいため、遅延が生じにくくなり、通信距離が伸びても最大通信速度がほとんど低下しない(赤線)。出典:富士通
GPU仮想化技術
GPU仮想化技術はなぜ必要なのだろうか。RVECでは、クラウド内のコンピュータ上で仮想マシンを実行し、仮想マシン内で動作する3次元CADの画面出力を、遠方のノートPCに飛ばしている。
従来のシステムでは、3次元CADの描画を高速化するために描画を専門に受け持つGPUを利用していた。しかし、GPUの仮想化に対応できていないため、シンクライアント技術との親和性が十分に高くなかった*4)。
*4) サーバ上で仮想マシンを実行する構成を採ると、複数の3次元CADをサーバ上で瞬時に切り替えて実行したり、1台のサーバに複数のノートPCを接続したりして、異なる3次元CADの画面を送信するといった仕組みを作りやすくなる。
図5 GPU仮想化技術 ハードウェアとしては1つしか存在しないGPUを、複数の仮想マシンから共有して利用できる技術である。GPU共有機構は、それぞれの仮想マシンからのGPUへのアクセスをとりまとめて、矛盾がないようGPUに指示を出す仕組みだ。出典:富士通
そこで、富士通は、4つ程度までの仮想マシンからGPUを共有できる仮想化技術を開発した(図5)。GPUのようなハードウェアを複数の仮想マシンで共用する場合、特定の瞬間ではGPUと仮想マシンが一対一に接続されている。一般の仮想化では、必要に応じてハードウェアとの接続を時分割で切り替えることで実現する。富士通の方式は、そうではない。複数の仮想マシンからGPUへ送られるコマンドをとりまとめて1つのコマンドに変形し、GPUで処理した後、戻ってきた処理結果を仮想マシンごとに切り分ける。「ハードウェアとの接続を時分割で切り替える方式ではハイパーバイザに手を入れる必要がある。これが難しいため、より上位のレイヤーで処理した」(富士通)。
このような複数の仮想マシンからの描画命令を並列にGPUに伝える「GPU共有機構」を設けたことが特徴だ。次に、画面更新判定や静止画圧縮処理をサーバのCPUやGPUへ負荷に応じて割り当てる機構を組み込んだ。
ITが助けるモノづくり
開発・設計・製造における作業の効率化やリードタイムの短縮は、航空機に限らず広範囲なモノづくりに役立つ。CADデータを社内外で共有する取り組みは、CADデータの軽量化技術などを適用することで一般に広がっている。
クラウド+シンクライアントというシステム構成は、CADデータの軽量化よりも初期投資コストが高くなるだろう。しかし、セキュリティの確保や安価なノートPCが利用できることなど、クラウド+シンクライアントのメリットは大きい。開発・設計部門では直接、CADデータをリアルタイムで遅延なく操作できるというメリットも生きる。
【訂正】記事の掲載当初、複数箇所で誤りがございました。お詫びして訂正いたします。上記記事はすでに訂正済みです。誤りの内容は2点あります。まず、三菱重工業は、専用線を利用したシステム構成を採っております。次に、同社は富士通が開発したRVECの機能のうち一部を採用しており、仮想マシン上でのCAD運用や、GPU仮想化を利用しておりません。修正箇所と修正内容を以下に示します。
・第2ページ、図2、キャプション「専用線を使わない運用である」を削除。
・第3ページ、第1段落「……富士通によれば、低品質なネットワーク環境でも、シンクライアント接続時の操作応答を改善できる3つの技術を採用したからだという」を「……富士通によれば、遠隔地からネットワークを介した際にも、3次元CADの操作性を損なわない画像データ高速化シンクライアント技術「RVEC(Remote Virtual Environment Computing、レベック)」を採用したからだという。以下に紹介するように、領域ごとの画面更新やCAD画像の効率的な圧縮が可能になったため、動画や高精細な画像を扱う際のデータ転送量を従来の約10分の1に削減できるという。富士通によると、一層のレスポンスの向上を目指して、低品質なネットワーク環境でも、シンクライアント接続時の操作応答を改善できる3つの技術を開発し、まず社内で利用し、今後、顧客への適用を図るという」に修正。
・第3ページ、第2段落「……仮想化技術だ。この3つを総称してRVEC(Remote Virtual Environment Computing、レベック)と呼ぶ。それぞれ……」のうち、RVECの呼称を説明した1文を削除。第2段落末の「高速化可能だとした」を「高速化可能だという」に修正。
・第4ページ、第2段落「……だろうか。三菱重工業が採用したシステムでは、クラウド内のサーバ上で仮想マシンを実行し……」を「……だろうか。RVECでは、クラウド内のコンピュータ上で仮想マシンを実行し……」に修正。
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