第17回 CAD/CAMデファクト・スタンダード:前田真一の最新実装技術あれこれ塾(3/3 ページ)
実装分野の最新技術を分かりやすく紹介する前田真一氏の連載「最新実装技術あれこれ塾」。第17回は、ガーバデータをはじめ、プリント基板設計技術者にとってデファクト・スタンダード(業界標準)となっているCAD/CAMツールのデータ形式について解説する。
3. デファクト・スタンダードによるCADデータ変換
ガーバファイル
まず、最初に異なるCAD間のデータ変換に使われたデファクト・スタンダード・フォーマットとしては、ガーバ・フォーマットが使われました。
ガーバファイルはすべてのCADで出力機能をサポートしていたため、異なるCADの設計結果を読み込むためには、手軽で問題のない方法です。
このため、多くのCADはガーバファイルの読み込み機能をサポートしていて、他のCADで設計した結果を読み込めるようにしています。
しかし、ガーバ・フォーマットは作画データのフォーマットであり、各層の『絵』のデータしか記述されていません。パッドの情報はあっても、『穴』の情報はないため、ビアを介した層間接続情報はありません。それどころか、そもそも、接続(ネット)情報がありません。また、部品の情報もありません(図5)。
このため、CADの情報受け渡しのためにガーバファイルを使おうとする場合には、単に『絵』としての情報を読み込むだけです。CADとしてのデータの受け渡しをするには、他にネット情報や部品情報を作成して、いくつかのファイルを寄せ集めてCAD間のデータ受け渡しをするしかありません。
回路図入力システムと基板レイアウトCADは別のシステムとなっています。回路図入力システムと基板レイアウトCADの間では、ネットリストと呼ばれる文字データ形式のファイルで接続情報がやり取りされます(図6)。
異なる会社の回路図入力システムとレイアウトCADシステムの接続のため、各社からこのネットリストフォーマットは公開されています。また、業界標準フォーマットとして、EDIFフォーマットがあります。
このように異なる複数のフォーマットファイルを組み合わせ、不満足ながらも異なるCADの設計を読み込む機能を各社開発しました。
.dsnファイル
次に、異なるCAD間のデータ受け渡しのデファクト・スタンダートとして、自動配線ソフトのフォーマットが使われました。1990年代のなかばにアメリカのCCT社がSPECCTRAと呼ばれる自動配線ツールを開発しました。
自動配線ツールはそれ単体では動作せず、必ず基板レイアウトCADシステムに組み込まれて使われるものです。このため、この会社は、この自動配線ツールの入出力フォーマットを公開し、自社でエンドユーザーに販売すると同時に他の多くのCADベンダーを通して、その会社のCADの自動配線機能としても販売しました。当時としては、この自動配線ソフトは、他社のCADシステムがもつ自動配線よりもすぐれていたため、多くのCADベンダーがこの自動配線を採用しました。
CADシステムと自動配線ソフトの接続には単純な『絵』であるガーバデータに比べ、はるかに多くのCADデータの受け渡しが必要となります。
一般にCADから自動配線ツールには、部品を配置し、場合に一部の配線がされた基板データを送ります。自動配線ツールは配線設計を行い、配線の情報をCADへ戻します。配線設計を行うためには、基板外形データ、基板の層構成、ネット情報、部品情報、配線のための配線幅、配線間隔、ビアの情報のほかにも、配線可能領域、配線禁止領域、配線済の配線情報などレイアウトCADのもつ大部分のデータが送られます(図7)。
多くのCADシステムがこのCCT社の自動配線ツールを利用したため、この自動配線のためのファイル(.dsnファイル)への出力機能をサポートしました。そして、このファイルにはガーバデータに比べ、はるかに多くのCAD設計情報が含まれています。このため、CADシステムだけではなく、伝送線路シミュレータなど多くのシステムがこの.dsnファイルの読み込み機能をサポートしました。.dsnファイルがCADデータ変換の新しいデファクト・スタンダードとなりました。その後、CCT社がCadence社に買収されたため、Cadence社以外のCADベンダは自社で自動配線機能を開発したりし、徐々にこの自動配線は使われなくなってきました。
CADベンダー各社にとってCCT社が販売するSPECCTRA自動配線自体が有償オプション機能であったため、.dsnファイルインタフェースも有償オプションとなっているため、普及はガーバファイルほどではありませんが、いまだに.dsnファイルフォーマットはCADインタフェース・データフォーマットの1つとして使われています。
ODB++
現在、CADデータのデファクト・スタンダードとして注目されているフォーマットがODB++と呼ばれるフォーマットです。ODB++はイスラエルのValor社 (Valor Computerized Systems,Ltd)が開発した基板製造チェック用のデータフォーマットです。
Volor社のソフトはガーバデータを入力して作画データだけのチェックもできますが、これは機能のほんの一部で、ODB++フォーマットデータを入力すれば、多くのチェックができるようになっていました。製造規則から配線の線幅や間隔のチェックだけでなく、穴明けや部品実装のチェックなど、総合的なチェックを行います。このため、ガーバのような単なる作画データだけではなく、部品データや接続情報など、多くの情報を入力する必要があります(図8)。また、このソフトは、製造チェックだけでなく、作画データや、ドリルデータ、部品実装機データなど多くの製造データを編集、出力するCAMデータ出力ソフトとしての機能も充実しています。
基板製造業者は当初はこのソフトをガーバデータを入力して作画データのチェックと編集、出力にだけ使っていました。しかしソフトの機能が充実するにしたがい、他の機能も使えるようにするため、CADに対してODB++のサポートを要求しはじめました。
Volor社も当然、CADデータを入力する必要があるので、積極的にアメリカの有力CADとマーケティング契約を結び、複数のCADとODB++フォーマットでのインタフェースができました。
このようになると、他のCADベンダーも公開されているODB++フォーマットのファイルを出力する機能をサポートするようになります。このようにして、ODB++フォーマットがデファクト・スタンダードとなりました。しかし、2009年にValor社がEDA大手のMentor Graphics社に買収され、今後の動向が注目されていました。
Mentor Graphics社はODB++フォーマットをデファクト・スタンダードとしてさらに仕様の公開を継続すると発表していましたが、今年になって、Solution Allianceを立ち上げ、仕様の公開を加速させました(図9)。
このような、Mentor Graphics社の積極的なODB++の公開を受けて、EDA各社はODB++フォーマットサポートを進め、ODB++がCAD間のデータ変換の中間ファイルフォーマットとしてデファクト・スタンダートとしての地位を確立しています(図10)。
筆者紹介
前田 真一(マエダ シンイチ)
KEI Systems、日本サーキット。日米で、高速システムの開発/解析コンサルティングを手掛ける。
近著:「現場の即戦力シリーズ 見てわかる高速回路のノイズ解析」(技術評論社)
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