日本の自動車メーカーの強さ、その源泉は「適合プロセス」にあり:いまさら聞けない 適合プロセス入門(前編)(2/2 ページ)
日本のモノづくりの衰退が叫ばれる中で、自動車産業は、世界市場で互角以上に渡り合う強さを維持している。この日本の自動車メーカーの強さを支えているのが、製品開発プロセスとしてあまり注目されることのない「適合プロセス」なのである。
コードとデータ
現在、広く用いられているECUは8/16/32ビットCPUを用いたコンピュータシステムです。そして、ECUに組み込まれているソフトウェアは、おおよそコード(アルゴリズム)とデータ(構造)から構成されています。
ガソリンエンジンのECUであれば、コードに当たるエンジンの燃焼制御理論の実装はある程度確立されていると言えます。もちろん、これは現在のECUのCPUパワーで行えるという前提が付きます。エンジンそのものの動作原理は、少なくともガソリンエンジンとディーゼルエンジンという大別があるにせよ、排気量が1000ccだろうが2500ccだろうが大きな違いはありません。動作原理が同じであれば、コードはそのまま適用できます。例えば、三角形の面積は「底辺×高さ÷2」で求められますが、この式自体がコードになります。そこに入力される「底辺」や「高さ」の値がデータになるのです。
自動車のエンジン回転数を例にとって、コードとデータの関係を考察してみましょう。ここでは話を分かりやすくするために、アイドリング時にエンジン回転数を一定に保つという動作だけを対象にします。
まず、アイドリングしている時(シフトをNレンジに入れたり、クラッチを切ったりしている状態)にアクセルペダルを踏み込むと、エンジンの回転数は上がります(当たり前ですね)。次に、アクセルペダルを踏み込まずに、エアコンのスイッチを入れてみます。すると、オルタネータを動作させるためにほんの少しですがエンジンの回転数が下がります。では、少しだけアクセルペダルを踏み込むと同時にエアコンのスイッチを入れたらどうなるでしょうか? アクセルペダルの踏み込み加減やエアコンのスイッチを入れるタイミングにもよると思いますが、エンジン回転数を一定に保てるようになると考えられます(これはあくまでも原理の話をしていて、皆さんの実際の車両でどうなるかは「適合状態」によります)。
これと同様のことを実際のECUは行っています。つまり、協調制御によってエアコンのスイッチが入ったことを検知し、スロットルバルブの開度を調整してから、エアコンのコンプレッサをオンにします。このスロットルバルブの開度調整やタイミングは相似形(1000cc→2500cc)で自動的に決まるものでありません。各種部品の特性で変わってきます。つまり、データに関しては個別のセッティングが必要になります。
この例ではエンジンだけに目を向けていますが、エンジンは自動車の主要な部品ではあるもののその1つにすぎません。自動車の持つ物理的な特性は、エンジンだけで決まるのではなく、ボディの構造、車体重量やエンジンを構成する部品の特性によって変化してきます。これらの要素を全てデータとして、コード(アルゴリズム)に入力して初めて自動車としてのシステムが成立することになります。
「持ち味」の一例
適合プロセスの機能は以上の通りですが、実際にガソリンエンジンのECUに「持ち味」を加えるにはどうすればよいのでしょうか? よく、「ホンダらしい」とか「やっぱり、トヨタだよな、この感じは」と言ったりします。そういうものはどこで決まるのでしょうか? あるいは、ファミリーカーとスポーツカーのドライブフィーリング(味)の違いは? これらに対する答えの一例が下の図2になります。
このグラフは3次元マップになっています。入力として、X軸が「エンジン回転速度(回転数)」、Y軸が「ペダル踏度」になり、Z軸の「要求トルク」が出力になります。2つあるグラフのうち、左側のファミリーカー側が要求トルクのカーブがなだらかであるに対して、スポーツカー側はペダル踏度の割合が大きくなるにつれて(奥に行くほど大)、要求トルクが急峻に立ち上がっているのが分かり皆さんもます。
つまり、踏度があるレベルを超えると「ガツン」とした加速感が味わえるわけです。これはペダル踏度に対応する要求トルクの急峻さの角度や位置をどのように決めるかで、同じ「ガツン」でも味付けが少しずつ変わってくることになります。このように与えるデータとタイミングの積み重ねによって「味」が決まってくるわけです。
「適合」と「ROMチューン」の違い
自動車好きの人と会話していると、「じゃ、適合ってROMチューンと何が違うの?」という質問を受けることがあります。
ROMチューンとは、ECU内部のデータを書き換えて、自分好みの味付けにすることを言います。データを調整して出力特性を変化させるという意味では、適合とROMチューンに違いはありません。しかし、データを調整するための目的は全く異なります。
適合は、自動車を量産製品として最適な状態に仕上げることを目指して行うものです。一方ROMチューンは、自動車の所有者が自分好みの味にすることです。自分が好きだからと言って、塩分の強い濃い味付けにしていると身体に変調をきたすことがあります。これと同じで自分でよかれと思ってやっているROMチューンは、エンジン、ひいては自動車自体の寿命を縮めているかもしれません。いわゆるトレードオフになっていることは言を待ちません。
次回の後編では、車載システム開発における適合プロセスの変遷や、適合プロセスに用いるツール、適合プロセスの今後について解説します。お楽しみに!
<取材協力・資料提供:イータス>
プロフィール
大橋 修(大宮技研合同会社 エグゼクティブエンジニア、産業技術大学院大学)
日本精工(株)でエアバッグの制御ソフトウェア開発、ボッシュ(株)にてエンジンマネージメントシステム開発、適合ツールの開発・サポート、プロジェクトマネージメント、ノキアにてシンビアンOS用ミドルウェアS60の開発や画像処理の研究などを担当。その後、外資系半導体会社勤務を経て現職。原稿執筆、システム開発、コンサルテーション業務を行う。
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