SoCを分離すると顧客の期待に応えられない、3つの製品分野一体の強みを生かす:車載半導体 ルネサス インタビュー(1/3 ページ)
厳しい事業環境にある、半導体メーカーのルネサス エレクトロニクス。しかし、中核に位置する車載半導体事業の実力は、世界でもトップクラスだ。同社で車載半導体製品のマーケティング戦略を統括する金子博昭氏に、製品開発の方向性や、強みを生かすための施策について聞いた。
2012年4月に入って以降、ルネサス エレクトロニクス(以下、ルネサス)の経営危機に関する報道が相次いでいる。2011年3月に発生した東日本大震災以降、タイ洪水や、欧州の金融危機、国内電機メーカーの不振といった厳しい事業環境に対応しきれず、2011年度(2012年3月期)は626億円もの最終赤字を計上した。2012年度(2013年3月期)の業績予想も、5千数百人規模の早期退職募集や工場売却などのリストラ費用がかさみ、1500億円もの最終赤字になる見通しだ。
これだけ厳しい状況にあるものの、親会社であるNEC、日立製作所、三菱電機が出資を追加したり、米国の投資ファンドであるKKR(Kohlberg Kravis Roberts)が投資を検討しているという報道(関連記事1)が出たりするのは、ルネサスの持つ事業に確かな将来性があるからだ。その代表格といえるのが、車載半導体であろう。同社の事業は大まかにマイコン、アナログ&パワー(A&P)、SoC(System on Chip)という3つの製品分野に分けられるが、この3つの製品分野それぞれにおける車載半導体のシェア数値を見るだけでもその実力は一目瞭然だ。
車載マイコンは世界シェアが約44%(2011年)、車載SoCは国内で97%、海外で57%(2010年)と圧倒的なトップだ。マイコンとSoCを合わせた車載プロセッサ市場で見ても、2位のFreescale Semiconductorの2倍以上となる42.7%(2011年)に達している。ST MicroelectronicsやInfineon Technologiesなど海外メーカーが強い車載A&Pでも、2009年の世界シェア6.0%(7位)から、2011年には世界シェア7.3%(5位)まで伸ばしている。車載半導体全体の世界シェアは13.8%で、やはり1位である(2011年)。
これら同社の車載半導体製品のマーケティング戦略を統括しているのが、同社マーケティング本部で自動車システム統括部長を務める金子博昭氏だ。2010年4月の、NECエレクトロニクスとルネサス テクノロジの経営統合による新会社発足時には車載マイコンと車載SoCを担当していたが、2011年のマーケティング本部の発足(関連記事2)に合わせて、車載A&Pも担当するようになった。ルネサスの車載半導体を知り尽くす金子氏に、製品開発の方向性や、強みを生かすための施策について聞いた。
MONOist 2012年4月からさまざまな報道がありましたが、8月に収益基盤強化策も発表され(関連記事3)、今後の事業の方向性も固まったと思います。現時点での、ルネサスにおける車載半導体事業の位置付けについて教えてください。
金子氏 車載半導体事業は当社の中核と言っていいでしょう。収益基盤強化策の説明会でも、世界トップシェアの車載マイコンに車載A&Pを組み合わせて販売する「キットソリューション」の拡大を発表しましたし、ルネサス全体でみれば厳しい状況にあるSoCも、世界トップシェアを誇る車載SoCについては、やはり今後も注力する方針に変わりはありません。
MONOist 分かりました。では、マイコン、SoC、A&Pの順に、製品開発の方向性について聞かせてください。まずマイコンですが、40nmプロセスを採用した32ビットマイコン「RH850」(関連記事4)の開発状況はどうなっていますか。
金子氏 エンジン向けの「Eシリーズ」、メーター向けの「Dシリーズ」、シャシー向けの「Pシリーズ」、エアバッグ向けの「Rシリーズ」、予防安全システム向けの「Vシリーズ」、カーオーディオ向けの「Sシリーズ」、ボディ系システム向けの「Fシリーズ」、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HEV)向けの「Cシリーズ」、合計8つの製品シリーズを同時並行で開発しています。2014年3月末までには、全ての製品シリーズの開発を終えたいと考えています。2012年夏からは一部製品のサンプル出荷を始めていて、早ければ2014年には量産採用される見込みです。
MONOist これまで、ルネサスの車載マイコンの最先端プロセスは90nmでした。なぜ一気に途中を飛び越して40nmプロセスを採用したのでしょうか。
金子氏 これまで、先端プロセスを採用した車載マイコンは、まず高級車のエンジンやシャシー向けに採用されてから、その後ゆっくりと普及価格帯の車両や、他のシステムなどに広がっていくというのが一般的でした。RH850では、自動車の全ての制御系システムに対応する製品シリーズを一気に立ち上げて、採用が拡大するスピードを速めたいと考えています。ここで重要な役割を果たすのが、40nmプロセスの採用による消費電力の大幅な低減です。顧客からは、全ての車載システムで消費電力を低減したいという要望を受けています。RH850は、車載システムの消費電力低減に向けた切り札になるはずです。
もちろんRH850は、今後の車載システム開発で必須となる、車載ソフトウェア標準のAUTOSARや、自動車向け機能安全規格であるISO 26262への対応も視野に入れて開発しています。
RH850は、車載マイコントップであるルネサスのプライドを賭けて開発した製品です。40nmプロセスの採用で、55nmや65nmといったプロセスを採用する競合他社の車載マイコンの半歩先を行かせてもらいますよ。
MONOist RH850は、現行の32ビット車載マイコンである「V850」、「SuperH」(「SH-4A」や「SH-2」)に置き換わる製品です。一方、8ビットや16ビットのマイコンは、車載向けを含めて、RH850の1年前から「RL78」への置き換えを発表しています(関連記事5)。置き換えはどこまで進みましたか。
金子氏 車載向けのRL78も既にサンプル出荷を始めています。ただし、8ビット/16ビットマイコンについては、何よりもコストが優先されることもあり、RL78への置き換えを積極的には進めていません。顧客が、現行の車載システムに当社の既存のマイコンを使い続けたいと要望するのであれば、既存品の出荷を続けることにしています。
ただし、新規に開発するシステムであれば、対応温度範囲や処理性能、消費電力などの条件を考慮すると、おのずとRL78が選択肢に入ってくるはずです。
ARMマイコンとの競合は?
MONOist 汎用マイコン市場では、ARMのマイコン用プロセッサコア「Cortex-Mシリーズ」を採用した製品が注目されています。その一方で、車載マイコン市場では、ARMのプロセッサコアの存在感は大きくありません。車載マイコン市場におけるARMの動向をどう見ていますか。
金子氏 これはARMも言っていることですが、マイコンにとって、プロセッサコアは差異化の要因にはならないと考えています。RH850の例でいえば、周辺回路の豊富さと、40nmプロセスは明確な差異化要因になると考えています。しかし、プロセッサコアがRH850だから選ばれる、ということはないでしょう。
ただし、RH850のプロセッサコアは、ボディ系システムから、シャシー、エンジンなど全ての車載システムをカバーできるように、同じ命令セットを利用できる3種類のコア構成を用意しています。一方、ARMのCortex-Mシリーズの場合、1種類のコアでこれらの広範な要件を持つ車載システムをカバーできません。あるシステムには、「Cortex-M3」でいいかもしれませんが、他のシステムでは「Cortex-M3」ではなく「Cortex-M4」が必要になるかもしれない。それどころか、Cortex-Mシリーズでは力不足で、もっと処理能力が高い「Cortex-Rシリーズ」を使わなければならない可能性もあります。しかしRH850は、1つのプロセッサコアで、自動車の制御系システムを全てカバーできます。
とはいえ、ARMのマイコン用プロセッサコアとは、一部のボディ系システムや、EVやHEVの走行モーターといった特定の分野向けで競合する可能性は大きいと見ています。手ごわい競合として十二分に認識していますよ。
MONOist 車載マイコンの将来的な事業目標を教えてください。
金子氏 現時点で既に44%もの世界シェアがあるので、これを1%上げるだけでも大変です。その上、東日本大震災の際には自動車業界のサプライチェーンに大きな影響を与えたことに対する供給責任の重さも深く考慮しなければなりません。とはいえ、RH850が成長軌道に乗るであろう、2017〜2018年には世界シェアを50%まで伸ばしたいと考えています。
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