日本の強さと弱さをよく理解すれば、また強くなれる:ベンダー社長が語る「CAE業界にまつわるエトセトラ」(2/3 ページ)
日本の「現場合わせ自慢」、スペースX、クラウド、そして「解析専任者は出世できない」件……などなど、CAE業界を巡る話題と、日本製造業が抱える課題について、CAEベンダーのトップが語り合った。
航空・宇宙業界の開発とコストダウン
藤川氏 2011年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)が取り組んだ次世代ロケットエンジン「LE-X」開発で実施した高精度流体解析は、個々の部品ごとではなく、エンジン全体に渡りました。日本が世界で初めてそれに取り組んだのです。JAXAのスパコン「JSS」のパワーを利用した解析です。私たちも、その解析システムの構築に携わりました。
その事例は、業界内では結構ハイエンドで先進的だったのです。JAXAが発表したときは、NASAや海外メーカーの人たちが来ていて、発表用のスライドを全部写真に撮って帰っていましたよ(笑)。「世界初」に甘んじず、どんどん先に進化しないといけませんね。
加藤氏 LE-Xは、水素エンジンですね。今、世の中にあるロケットエンジンの多くは、ケロシンのような環境によくない物質を燃やしています。LE-Xの素晴らしさは、無公害であることです。水素エンジンを採用しているのは、他にスペースシャトルだけです。しかし、その素晴らしさの分、コストも掛かっているということです。
藤川氏 LE-Xは、NASAよりは、スペースXをターゲットにしています。そこで競合となる他国のメーカーは日本メーカーの約半額でエンジンを供給してしまいます。ですからコンペになると日本は弱いのです。
スペースX(英Space Exploration Technologies):宇宙輸送の商用化に取り組む企業。
――海外メーカーは、どうしてそんなに安価なエンジンを供給できるのですか?
藤川氏 設計思想自体が違うのです。スペースXの宇宙船「ドラゴン」が採用したのは、アポロ計画時代の技術のエンジンです。そこに冗長システムを組み込んで、エラーが起きたときに対処するようにしています。古いシステムということは、パーツの点数が少なくなり、エラー率も低くなるのです。一方、日本は「負けじ」と最高で最新の技術を注ぎ込みますから、その分、機構は複雑になり、コストも割高になります。
――日本の航空機メーカーでは?
加藤氏 最近、日本の航空機メーカーでは、部品の共通化に取り組み出していますね。あれで航空機の製作コストは半額になるでしょう。
藤川氏 あれは画期的ですね。部品をいかにコストダウンするかは、部品の共通化にかかっているともいえます。パーツの値段を強引にたたけば、それを請け負う部品サプライヤーは嫌がって逃げていき、もう二度と供給してくれなくなります。そして、また新規のサプライヤーと契約して作り直しです。過去の日本は、そのようなことを繰り返してきたと思います。
航空機と音響解析
加藤氏 音響解析は特に航空機開発では、大変進化しています。例えば、エアバスA380は、非常に静かです。私は航空機に乗ったとき、いつもイヤフォンのノイズリダクション機能を利用します。A380に乗ったときは、それが「効かなかったのか」と思ったほど静かでした。あの機体設計では音響解析ソフトウェア「ACTRAN」が使われました。エンジンの振動を抑え、かつ客室内に伝播(ぱ)させないようにしっかり検討されました。
――自動車開発でも音響解析が活用されていますね。
加藤氏 音響解析は、従来の自動車開発では、「音を抑えること」だけが目的でしたが、これからはそれと併せて「音を作る」ことにも取り組み出しています。
――駆動音が静かになった電気自動車(EV)で、エンジン音が聞こえるようにする事例もあるようですね。他の分野ではどうでしょう。
加藤氏 最近、家電開発でもよく実施されています。ある企業では、デジタルカメラのシャッター音を心地よくするために、機構と音を最適化して理論的に検証している例があります。
――いままで感覚でやっていたことも、ある程度数値化可能になってきているのですね。
技術ノウハウの継承やデータベース化
加藤氏 新しいシステムの導入検討にあたって、日本企業は、国内外問わない他社の事例を欲しがる傾向です。そういうところで、競争力を失っている部分があると思います。日本は“横並び”の意識が強いので、もっと他社に抜け駆けするぐらいの勢いがあった方がいいのかもしれません。
韓国企業が強いのは、どこよりも率先して最新技術を導入するところでしょう。他国や他社のことは、あまり気にしないのです。良い例が、コンピュータのOSです。韓国人はすぐに新しいバージョンに切り替えますが、日本人は、周囲が使い出すのを見てから採用します。解析データの管理に関しても、韓国企業は結構、先に行っています。
――日本製造業は、システマチックな管理やデータベース化が苦手だとよくいわれますね。共催セミナーにおける加藤さんの講演の終盤では「社内の解析ノウハウをデータベース化して管理していますか」という来場者さんへの質問が飛びましたが、手を挙げていたのはお1人でした。
加藤氏 セミナーで講演するたび、いつもあの質問をするのですが、基本的に手は挙がらないですね。初めてだったかもしれません。
――地方の中小企業の方でしたね。大手企業でも、そういうケースは少ないのですか?
加藤氏 大手になればなるほど、ないですね。
ベビーブーマーである熟練技術者たちの引退を危惧した欧米企業では、解析プロセスやデータの管理が自然と始まりました。そして、いまはそれが業界に定着しつつあります。日本でも既に団塊世代技術者の引退が始まっているというのに、それに対して強い危機感を持ち、技術ノウハウのデータベース化に取り組んでいないところがまだ多いのです。
藤川氏 実際、それなりの危機感はお持ちなのでしょうが、そこにアクションを伴わせるのに苦労していますね。私たちは、そこに対して取り組んでいます。団塊世代引退のリスクについて問題視され始めた2000年始めぐらいから、企業の熟練エンジニアたちが持つノウハウやプロセスの自動化を支援してきました。単純に言えば、「作業プロセスをスクリプト化して、システム化する」ことです。「それぞれの企業に合わせて、作り込んで納める」という具合に、ユーザーの足元に近いところでお手伝いしてきました。
――その中には、スクリプト化が不可能なことも結構あると思います。
藤川氏 もちろんあります。実際は、“半自動”です。無理に全自動化しようとすれば失敗します。人が活躍するところは、ちゃんと残すのがポイントです。
加藤氏 いまの当社でも、日本向けにカスタムしたシステムの提案方法の準備をしています。欧米では、既に実績があることですが、それと同じことを日本でやろうとしても難しいです。欧米では、「大きく考えて、大きく動く」。つまり「トップダウンで、一気に」コトが始まるのです。一方、「小さく動く」のが得意な日本では、それが難しいですね。ですから、日本では「うまくいきそうなこと」から始めて、じっくり進めます。
――「小さく」というのは、例えば、企業内の一部門から盛り上げていくのですか?
加藤氏 さらにもっと小さく、「グループから」です。そこで成功したものを複数のグループに展開していきます。情報システム部門も、「これだ」と思えば、「全部統合化しよう」と思ってくれるでしょう。また、どこの企業でも必ず、「一番困っている部分」があります。まずは、そこから改善しましょうと提案しています。もちろん、一番困っているところが、一番効率が悪いはずですから。
クラウドについて
――共催セミナーの藤川さんの講演中で、「解析精度は細かくなり、データも膨らんできた。そこにハードの処理力は追い付かなってきて、クラウドへ行く」というお話がありました。
藤川氏 そうお話ししたのには、3つ理由があります。「空間と時間」「物理解像度」「形状の詳細化」です。これらによって解析データが大きくなるのです。その代わり、境界精度は上がります。ですから、“見えない現象”が、見えてきます。要は、“見えない敵”が見える。つまり、「敵に勝てる」のです。
その話を通じて、「解析を使えば、“その先”が読める」「二手、三手と先を読んで、グローバルなCAEを実施していかなければいけない」ということを伝えようとしました。でも、そうすると計算規模がどんどん大きくなっていきます。社内に資産として大規模なコンピュータ設備を持てば、ほとんど採算が合わなくなってしまいます。数十億円の投資に見合わないのです。そこまでの規模を必要とする研究に関するジョブは、CAE業務全体のうち2〜5%しかないものだからです。ですから「クラウドヘ」という話をしました。
加藤氏 事務系システムのクラウド化は世界中で進んでいますね。特にCAE系だと、日本が進んでいるかもしれません。それは、2011年3月の東日本大震災の影響です。自社内でコンピュータ設備を持っていると、もし大きな災害にあった場合、それが故障などして業務がストップしてしまう恐れがあります。要するに、リスクマネジメントとして、コンピュータをクラウド化するという考えです。もう1つは、解析の仕事量のピーク時のみコンピュータのパワーを利用したいというニーズです。今日の経済状況で、このような方向性に行くことは必至ではないかと思います。
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