社長はプロレーサー! ツーリングでマーケティング:マイクロモノづくり 町工場の最終製品開発(21)(2/2 ページ)
機械切削の腕前も抜群なプロレーサー社長のマイクロモノづくりを紹介する。ツーリングやバイク教室もマーケティング活動の一環だ。
CBR250Rをレースで使用する場合、ライダーの足を乗せるステップ位置を変更しないと、路面に擦ってしまいます。またサーキットを走る際は、公道と比べて高速でコーナリングするため、体重移動を大きくする必要があります。その際にキチンと体をホールドするため、最適な位置にステップを設定します。このキットでは、そのポジションを細やかに選択することが可能で、さまざまな体格や乗り方の違いに対応できるとのことです。
「特に全体の剛性感には強いこだわりを持っています。マシンを操作する際に最も重要な下半身を支えるステップには、体重以上の荷重が掛かります」と山下氏は言います。ここがしっかりしていなければ、マシン操作自体にタイミングの遅れなどの弊害が出てしまうのです。
山下氏は、2012年8月26日に栃木県にあるツインリンクもてぎサーキットにて開催される「もて耐」という耐久レースに、自社製パーツを組み込んだCBR250Rで参戦するということです。
21世紀型製造業のススメ
山下氏はシンクフォーの所在地 茅ヶ崎市内の7社の製造業仲間とともに、“緩やかな”連携組織「C MONO C」(茅ヶ崎ものつくりクラスタ)の活動を2009年から始めました。ちなみに、以前この連載で紹介した由紀精密もメンバーです。
自分たち中小製造業の置かれている現状を分析し、「未来に向けてどのような戦略を採るべきか」ということを考えながら、共同企業体として活動しています。独立した企業同士でありながら、各社の特徴を生かし、経営資源を有効に活用し合い、全体の成長につなげていけるような取り組みをしているのです。
自社の決算書も見せ合ったり、お互いの経営方針についても厳しく議論しあったり、仕事の横受け(顧客の受注案件に対し、横連携で協力し合う)も、阿吽(あうん)の呼吸で実施したり……、複数の会社でありながら、あたかも1つの会社のような有機的な結び付きになっています。
とはいえ、決して「依存し合う間柄」ということではありません。各社の社長は皆負けず嫌いで、「切磋琢磨し合う間柄」なのです。そこには競争心があるものの、「つぶし合う」のではなく「認め合う」ことでお互い高め合っているのです。
C MONO Cのメンバーたちの経営資源を持ち寄り、フランス進出も実際に開始しました。それにあたり、ヨーロッパの中小製造業の状況などを現地視察して情報を集めたそうですが、それによって日本の中小製造業の特徴がはっきりとよく分かったそうです。ヨーロッパと日本の中小企業とでお互いにコラボレーションできる可能性もそこに見いだせたということです。
円高になったことで、ヨーロッパと日本の中小製造業は、試作コストに余り差がなくなりました。なのでヨーロッパ企業は、日本企業への警戒心が少なくなってきていて、横受けの可能性が出てきました。ヨーロッパ企業の発注案件に日本企業が協力し、逆に日本企業の発注案件にヨーロッパ企業が協力するようなイメージです
ヨーロッパ企業と日本企業とでは文化が違いますが、小さなクラスタが有機的に結び付き合う“日本の町工場的”経営スタイルをヨーロッパ企業にも浸透させることで、上で述べたような未来を実現できる可能性がありそうです。また21世紀型製造業とは、こういうスタイルなのではないでしょうか。
社長自身がヘビーユーザー!(しかもプロ)
ここで、山下氏の事例をマイクロモノづくりのフレームワークに当てはめて整理してみましょう。
まず山下氏自身にプロのレーサーとしての経験がありました。つまり、レーシングマシン部品のことを熟知したユーザーでもありました。なので、自分自身で商品企画ができました。さらに自社工場もあり部品製作できる環境がありますから、試作品作りまではわりと簡単にできます。
次に「販売」のフェーズです。山下氏は現在、マーケティングを兼ねて、箱根の峠走りをするツーリングイベントやサーキット走行の教室などを開催し、ユーザーたちを集めて、部品販売まで含めた走行指導をしています。それぞれのライダーの体格や筋力、能力に応じたライディングスタイルが必要であり、それに合わせたポジショニングも必要です。そういったことをユーザーに教えながら、細かなセッティングに必要なパーツまで提供していくというビジネスモデルになっています。
この事例のポイントはプロデューサーたる山下氏自身が、ユーザーのことを最も熟知していて、プロダクトアウト的(企業や経営者の都合を基本に事業活動する)にモノを作り出して提供していることです。
この連載で毎回のようにお伝えしている「マイクロモノづくりの成功要因」は、「ユーザー自身が気付かないニーズに応えるために、プロダクトアウトになる」という点です。これは決して、「お客さまの声を聞き入れない」という意味ではなく、「お客さまの“声なき声”を想定した上でモノを作って、その反応をうかがう」というイメージです。アンケートを取ったり、グループインタビューをしたりして企画を練って作り上げるというようなプロセスにはあまり手を掛けず、プロデューサー自身の直感を重視し、「まず、試作品を作ってしまう」のです。それを展示会などで直接お客さまに見せて、その反応をうかがいます。これが重要なのです。
これは、「プロデューサーがお客さま(ユーザー)と同化するレベルまで自身を見つめ続ける」ということです。それが果たして、顧客たる自分自身が「お金を払ってでも欲しい!」と思えるものかどうか――この追求がなければ、マイクロモノづくり成功の可能性はないといえるでしょう。
発電会議のご案内
enmonoは、東京都大田区の町工場2代目集団「おおたグループネットワーク(OGN)」と組んで、「発電会議」という町工場が製品開発の種を見つけるためのオープンな商品企画会議を定期的に実施しています。製品企画の素となる発想は、1人ではなかなか難しいものです。この会が皆さんの「何を作るのか」というニーズ探しの一助になればと思っています。
開催予定日や会場、テーマなどの情報は、下記のFacebookページから確認できます。ぜひご参加ください。
Profile
宇都宮 茂(うつのみや しげる)
1964年生まれ。enmono 技術担当取締役。自動車メーカーのスズキにて生産技術職を18年経験。試作メーカーの松井鉄工所にて生産技術課長職を2年務めた。製造業受発注取引ポータルサイト運営のNCネットワークにて生産技術兼調達担当部長として営業支援に従事。
2009年11月11日、enmono社を起業。現在は、製造業の新事業立上げ支援(モノづくりプロデューサー)を行っている。試作品製造先選定、部品調達支援、特許戦略立案、助成金申請支援、販路開拓支援、プレゼン資料作成支援、各種モノづくりコンサルティング(設備導入、生産性向上のためのIT化やシステム構築、生産財メーカーの営業支援、生産財の販売代理、現場改善、製造原価、広告代理、マーケティング、市場調査、生産技術領域全般)など多岐にわたる。
Twitterアカウント:@ucchan
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