通常業務に負担を掛けずに商品開発する秘けつ:マイクロモノづくり〜町工場の最終製品開発〜(3)
「そんなに本腰を入れてやるほどの余裕がない」「現在の業務を縮小して、失敗したら……」――そんな心配もあるが!?
前回、前々回と最終製品を生み出す町工場、つまりマイクロモノづくりを実践している町工場を紹介してきました。この2社に共通することは、マイクモノづくりに対して非常に本腰を入れて取り組んでいる点です。しかし、「ウチではそんなに本腰を入れてやるほどの余裕がない」「現在の業務を縮小して、失敗したときどうするんだ」……と考える方も多いと思います。そこで今回はいままでとは違い、現在の業務に負担を掛けることなく、できる範囲でマイクロモノづくりを実践する町工場を紹介します。
宇宙でも活躍する町工場
マイクロモノづくりに対する町工場の取り組み方には大きく分けて2つあります。
1つは、前々回の記事で紹介したミツワのように業務の重心を従来のプラスチックの射出成形からマイクロモノづくりへ大きくシフトし、本腰を入れて取り組むものです。こちらは「本業型マイクロモノづくり」といえます。
もう一方として、本業はBtoB生産としてしっかり維持しておきながら、そちらに負担を掛けずに行うマイクロモノづくりもあります。こちらは「副業型マイクロモノづくり」といえます。
今回取材させていただいた由紀精密はそのどちらも実践している非常に珍しい町工場です。
由紀精密は自社のキャッチフレーズとして「研究開発型町工場」を掲げており、その名のとおり航空・軍事・医療などの、機密性・精密性が非常に高く、他社がやりたがらない、またはできないものの切削加工を手掛けています。また最近では航空機や人工衛星の試験設備の開発といった案件も増えており、まさに「研究開発型町工場」として成長の著しい町工場です。
研究開発型町工場ならではの本業型マイクロモノづくりといえるのがアクセルスペース社とコラボレーションして町工場目線から設計の提案をした超小型人工衛星です。この人工衛星はテレビのニュースでも取り上げられたほどで、大学発ベンチャー企業である、アクセルスペースが設計した人工衛星の加工部品を由紀精密が製造しています。
一番の特徴はその価格の安さです。一般的な人工衛星ですと、1基当たり数十億は掛かるため、国家事業として開発・生産することが常識です。しかし、機能を最小限に絞り込み、設計や製造に関してアクセルスペースの設計者と由紀精密が直接コミュニケーションを取り合うことで中間マージンを省き、1基当たり数億円に抑えました。気象観測や位置計測は米国保有のGPSに依存するところが多いのが現状ですが、国際情勢の変化に影響されずに安定して観測を行うためにも、自社・自国保有の衛星に対する需要は非常に伸びてきています。
そのような背景から、気象予報専門会社 ウェザーニュース社が北極の天候を観測するためにこの超小型衛星を購入する予定です。将来的には途上国が自国の領土を観測し、気象や作物の生産状況に関するデータを取得するために購入するなど、非常に将来が有望視されています。
超小型衛星プロジェクトにおいて特徴的な点は、両社が得意とする技術を持ち寄り、発注・受注のタテの関係ではなく、ヨコの関係として文字どおり「町工場目線から設計の提案をした」点です。もともと、アクセルスペースのコストを徹底的に抑える要求から、実際のCADを前にして、由紀精密が町工場目線で加工についての提案を行うことで、加工が楽な設計を積極的に取り入れました。
図面どおりに作ること以上に顧客が本当に求めるものを提案していく、そういうサービス業型のモノづくりを実践することは、どの町工場にでもできることではありませんが、そういうことを志すことが勝ち残る町工場には求められていると思います。モノを生産することだけにとどまらないこと、最終製品に深くかかわり、顧客目線で提案をしていく、これもまたマイクロモノづくりといえるでしょう。
本業に負担を掛けない“副業型マイクロモノづくり”のポイント
本業が順調に成長している中、由紀精密では副業型マイクロモノづくりにも取り組んでいます。その基本戦略は、
「デザイナーと町工場の最小単位でモノづくりをし、利用リソースも最小限にする」
というものです。
つまり、生産は遊休設備、少なくとも自社の所有設備を活用し、担当者も1人、販売チャネルはWeb販売に限るということです。
このメリットとして、
- 製品開発のリスクが少ない
- デザイナーと担当者の二人三脚で開発を進めるため、非常に短期間で製品開発できる
- 遊休設備の有効活用が可能
- BtoB町工場にとって、何をしている会社なのか一般人に説明しやくすくなる
といったことが挙げられます。本業が順調である町工場ならではの取り組み方といえるでしょう。
そんな中で生まれたのが、携帯はし「Nunchaku(ヌンチャク)」でした。この金属製のはしは、デザイナーから企画を持ち込まれてから発売まで、約2年も費やしたそうです。それ故に、「確かに良いモノができた、という自信を持てた」と由紀精密 常務取締役 大坪 正人氏はいいます。実際にわたしも触らせてもらいましたが、持ち手の部分は7角形になっており、非常に手になじむのが実感できました。また、持ち手の部分とはしの先端部分をつなぐジョイント部分に遊びができて先端がガタついたり、逆にきつ過ぎたりせず、非常に高い精度で加工していることが分かります。
しかし、ビジネスモデルとしては大きな問題点がありました。それは、製品をすべてデザイナーが買い取っていることです。これでは、町工場にとってリスクはないが、デザイナー側に負担が掛かり過ぎてしまいます。
よりリスクの少ないマイクロモノづくり
そこで、双方にとってリスクが少なく、かつ小さく始められるモノづくりのモデルとして、「BRANCH」という取り組みが、プロダクトデザイナーの前川 曜氏によってスタートしました。BRANCHは、「BRAIN」と「CHANNEL」を組み合わせた造語で、町工場の「知恵や技術」をデザイナーと「つなぎ」、新たな価値創造を行っていきたいという願いを込めて付けられたとのことです。大量生産ではできないモノや工場独自の技術を生かし、稼働率の低い製造ラインや技術継承など、いま町工場が直面するさまざまな課題を受け止め、そこにマッチしたデザインを提供していこうという取り組みです。由紀精密はその立ち上げに参画し、現在は部品加工(モノづくり)で活動を支援しています。
町工場側である由紀精密は、遊休設備を活用しつつモノづくりに集中し製品を生産し、在庫に関しては由紀精密の方で保管します。そして、加工費・売上げを工場出荷価格に織り込む形で収益を得るとのこと。
そして、デザイナーの前川氏は、製品デザインはもちろん、商品専用のWebページを制作して販路を開拓し、営業やデリバリーに対しても責任を持ちます。デザイン料を販売価格に盛り込むことで、モノが売れれば、デザイナー側の収益も上がる仕組みとします。
このように、町工場とデザイナーでリスクを分かち合い、中間マージンを省くことにより、従来までの高額なデザイン料が必要とされた、デザインベースの最終製品のモノづくりへのハードルを大きく下げることに成功したのです。
アイデア小物も誕生
このビジネスモデルが初めて花開いたものが「TIPSY(英:ほろ酔いの意)」です。TIPSYは、ワインのコルクを加工したコンパクトデジタルカメラ用のカメラマウントです。
パーティで“ほろ酔い”気分になったころ、TIPSYをワインボトルに挿し込んで写真撮影できるというアイデアグッズです。
デザインが洗練されているアイテムでありながら、生産能力に負担を掛けないというポイントもしっかり押さえられています。コルク部分の加工はさることながら、金属部分についても、切削加工を得意とする由紀精密が所有する機械を利用することにより、特別な治具を使うことなく加工できています。
今回のTIPSY誕生に関しては、現在由紀精密が持っている製造設備で生産可能な範囲でいかに消費者に魅力を感じてもらえるかをデザイナーの前川氏との話を進める中で話し合いながら商品の企画を進めました。
製造を担当した同社 八木 大三氏とデザイナーの前川氏は、まさに二人三脚の体制で作業を進め、工作機械と試作品を目の前にしながら、その場でデザイナーの意見を反映しつつ、作業を進めた結果、非常にスピーディーに開発ができたといいます。
BRANCHのようなマイクロモノづくりのポイントは次のようにまとめることができます。
- デザイナーと工場経営者の間に強い信頼関係を構築すること
- デザイナー側もまた、モノづくりに対して造詣が深いこと
- 町工場が所有する設備や遊休設備で生産可能であることを前提に製品をデザインすることにより、製品価格や生産の負担を下げることができる
- 大掛かりではなく、まず小さく始められる規模のモノから始めること
前回までご紹介した「マイクロモノづくり」では、会社がリスクを負い、社運をかけて開発をし、社長自らが販売を行いつつ、最終製品を販売する事業の立ち上げを行うというパターンでしたが、今回は、会社の本業に負担を掛けず「まずは始められるところから始める」というパターンのマイクロモノづくりです。
このような体制でマイクロモノづくりをスタートできる企業は、現状のところ限られていますが、「マイクロモノづくり」のパターンの1つでもあるといえるでしょう。
BRANCHは今年設立したこともあり、そのコンセプトはまだまだ発展段階の部分もあります。大きな懸案事項としてあるのが権利・責任関係の問題です。デザイナーの意匠権は、町工場もしくはデザイナーのどちらが所有するか、クレーム対応や製造物責任の処理はどうするか、などといった課題はいまだ残りますが、マイクロモノづくりの新たな取り組み方としてこれからの発展には非常に注目すべき団体だと考えています。
関連リンク: | |
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⇒ | MONOist×enmono 合同企画記事 |
Profile
三木 康司(みき こうじ)
1968年生まれ。enmono 代表取締役。「マイクロモノづくり」の提唱者、啓蒙家。大学卒業後、富士通に入社、その後インターネットを活用した経営を学ぶため、慶應義塾大学に進学(藤沢キャンパス)。博士課程の研究途中で、中小企業支援会社のNCネットワークと知り合い、日本における中小製造業支援の必要性を強烈に感じ同社へ入社。同社にて技術担当役員を務めた後、2010年11月、「マイクロモノづくり」のコンセプトを広めるためenmonoを創業。
「マイクロモノづくり」の啓蒙活動を通じ、最終製品に日本の町工場の持つ強みをどのように落とし込むのかということに注力し、日々活動中。インターネット創生期からWebを使った製造業を支援する活動も行ってきたWeb PRの専門家である。「大日本モノづくり党」(Facebook グループ)党首。
Twitterアカウント:@mikikouj
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