段違いのクリーンディーゼルだから国内市場でも受け入れられる:マツダ SKYACTIVエンジン開発担当者インタビュー(後編)(2/2 ページ)
マツダのSUV「CX-5」の販売が好調だ。この好調さを支えているのは、受注台数の多くを占めるディーゼルエンジンモデルに対する高い評価だろう。SKYACTIVエンジン開発担当者インタビューの後編では、国内市場で厳しい評価を受け続けてきたディーゼルエンジン車をあえて投入した背景や、ディーゼルエンジン「SKYACTIV-D」の技術詳細について聞いた。
“理想の燃焼”を目指す中で生まれた気付き
MONOist 低圧縮比化がいいことずくめなのは分かりました。これだけメリットが多いのにもかかわらず、低圧縮比のディーゼルエンジンが開発されてこなかった理由は何ですか。
仁井内氏 ディーゼルエンジンの低圧縮比化が進まなかった最大の理由は、大気温度が低い時に燃焼が起らないという課題を解決できなかったことです。SKYACTIV-Dでは、低圧縮比化という“理想の燃焼”を実現するためのブレークスルー技術として、「マルチホールピエゾインジェクタ」と「排気可変バルブリフト機構」を導入して、課題を解決することに成功しました。
マルチホールピエゾインジェクタは、1回の燃焼当たり最大9回の噴射が可能なインジェクタです。従来のインジェクタは6回までしか噴射できませんでした。マルチホールピエゾインジェクタの採用で、状況に合わせて混合気の濃度を適切に制御して、大気温度が低い時でもエンジンを始動できりようになりました。ただし、SKYACTIV-Dでは、1回の燃焼当たり8回までしか噴射していません。
一方、排気可変バルブリフト機構は、低温時におけるエンジン始動後の燃焼を安定的に行うために採用しました。エンジン始動時の1回目の燃焼は、グロープラグを使ってシリンダー内を暖めて起こりやすくしているので問題は起こりません。しかし、2回目以降の燃焼では、低温の空気を吸気して燃料と混合するので、燃焼室内の温度が下がってしまい、燃焼が続かなくなることがあります。そこで、排気可変バルブリフト機構により、1回目の燃焼で高温になった排気ガスをシリンダー内に戻して燃焼室内の温度を上げることで、燃焼が継続するようにしました。
MONOist 可変バルブリフト機構は他社も利用している技術です。しかし、これを低温環境下で燃焼を継続させるために利用できると考えついたのはなぜですか。
仁井内氏 一般的なディーゼルエンジンの開発では、動作温度範囲の下限となる極冷温環境下でもエンジンが燃焼するように圧縮比を上げて最適化します。しかし、この開発手法では、低圧縮比の実現が優先されることはありません。マツダは、“理想の燃焼”を見据えていたので、低圧縮比でも低温で燃焼を継続できるブレークスルー技術を必要としていたのです。この発想の違いが、可変バルブリフト機構を利用するという“気付き”につながったのではないかと考えています。
SKYACTIV-Dは、低圧縮比の実現によって燃料の燃焼効率を高めているので、既存のディーゼルエンジンよりも燃費が大幅に向上しています。加えて、燃焼時のNOxやススの発生も抑制できているので、排気ガスのクリーン化も実現しています。従来のディーゼルエンジン車の場合、日本のポスト新長期規制、米国のTier2Bin5、欧州のEuro6といった排気ガス規制に対応するには、尿素SCR(Selective Catalytic Reduction:選択還元触媒)システムやリーンNOxトラップ(LNT)などの高価なNOx後処理装置が必要でした。SKYACTIV-Dを搭載するCX-5は、これらのNOx後処理装置を使わずに、先述した排気ガス規制をクリアした世界初の車両なのです。なお、全ての排気ガス処理装置が不要なわけではなく、炭化水素や一酸化炭素を処理する三元触媒と、ススを処理するDPF(Diesel Particulate Filter)は搭載しています。
モデルベース開発を本格活用
MONOist ここまで聞いたところ、SKYACTIV-Dでは、極めて高度な電子制御を行っているように感じました。エンジン制御システムの中核となる、ECU(電子制御ユニット)や制御ソフトウェアはどのように開発しましたか。
仁井内氏 これだけの高度な制御を行うには、ECUの処理性能も向上しなければならないし、制御ソフトウェアの容量も大きくなります。既存のディーゼルエンジンのECUと比べて、マイコンの演算速度は2.5倍、RAMの容量は4倍、制御ソフトウェアの容量は2倍になりました。また、制御ソフトウェアの開発では、モデルベース開発を本格的に活用することで、実試験の回数を削減しています。これにより開発期間を短縮できました。
MONOist CX-5をはじめエコカーとしてのディーゼルエンジン車に注目が集まっています。そうなってくると、CX-5の2.2lよりも排気量の小さいSKYACTIV-Dが求められるようになると思いますが、開発は可能ですか。
仁井内氏 SKYACTIVエンジンは、「燃焼のコモンアーキテクチャ」として開発しています。このコモンアーキテクチャというのは、スケーラブルに展開できることを意味しているので、排気量を大きくしたり小さくしたりするのは容易です。必要があれば、小排気量のSKYACTIV-Dも用意できますよ。
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