もはやSFではない“サイボーグ”技術:人工網膜/人工内耳の最新研究事例から学ぶ(4/4 ページ)
米国の人気SFテレビドラマ「600万ドルの男」や「地上最強の美女バイオニック・ジェミー」の主人公達のように、人体の機能を電子機器によって代替する、いわゆる“サイボーグ”技術の実用化が進んでいる。本稿では、人工網膜と人工内耳に関する米国の最新研究事例を紹介するとともに、それらに活用されている電子技術について解説する。
二律背反する要件
人工内耳の体内部モジュールと体外部モジュールの通信は、利用者に安全性と利便性を提供するために、皮膚を挟んで無線で行われている。この無線通信には、一対の誘導結合コイルを使用しており、RF信号だけでなく電力も送信している。
人工内耳の無線通信システムを設計する際には、二律背反する要件が数多く存在しているため、慎重な検討と調整が必要である。例えば、電池の寿命を延ばすためには、電力送信機として高出力かつ高効率になるように設計しなければならない。そのために、最近の人工内耳は高効率を特徴とするE級アンプを搭載している。しかし、E級アンプは非線形で波形が歪んでいるので、データ転送速度は制限されてしまう。また、送受信コイルの電力効率を高める場合でも、他に問題が発生してしまう。ワイヤレス給電では、共振周波数を狭くすると効率を最大化できる。一方、無線通信のデータ転送速度を高めるという観点では、帯域を制限することになる共振周波数の狭帯域化は望ましくない。さらに、人工内耳の場合、伝送周波数は高い値を取ることが多いが、そのためには大型のコイルが必要になる。しかし、実用的で使いやすく、見た目も良い製品にするには送受信コイルはできる限り小さい方が好ましい。
図7に、体内部モジュールの回路ブロック図を示した。破線で囲んだASICは刺激器内に組み込まれており、蝸牛に伝える電気刺激を安全で確実なものにするために重要な役割を果たしている。電極に向かう方向(図7の左から右の方向)には、RF信号からデジタル信号を復号するデータデコーダ、復号化が適切であることを確認する誤り/安全性確認回路、さらにデータ分配回路がある。データ分配回路は復号化した電気刺激パラメータをプログラマブル電流源に送り、この電流源からの電流出力をマルチプレクサによってオン/オフを切り替えている。
逆方向(図7の右から左の方向)には、決まったタイミングで電圧を読み取るバックテレメトリ用の電圧サンプル回路が配置されており、ある電極の電圧を決まったタイミングで読み取る。次に、可変ゲインアンプ(PGA)で増幅した電圧を、A-D変換器(ADC)でデジタル信号に変換し、メモリに保存し、バックテレメトリ回路から体外部モジュールに送信する。
この他ASICには、RF信号からクロックを抽出するクロック生成器やコマンドデコーダなど、多くの回路が組み込まれている。一方、電圧レギュレータ、電力発生器、コイル/同調タンク回路、バックテレメトリ回路などはASICに集積できていないが、こうした分野にも進歩が見られつつある。
プログラマブル電流源は、D-A変換器とカレントミラー回路から構成されており、データデコーダからの振幅情報によって刺激電流を生成する機能を持つ。しかし、神経を直接刺激する電流を生成するプログラマブル電流源には高い精度が必要であり、その設計は容易ではない。例えば、半導体製造プロセスにはどうしてもバラつきが生じるため、カレントミラー回路を構成するMOSFETのソース−ドレイン間の構造は厳密に同じにはならない。つまり、ゲート−ソース間の電位差を使って制御する刺激電流の精度はこのバラつきに依存してしまう。この問題に対応するために、刺激電流の基準値を微調整するトリマー回路が追加されている。
とはいえ、最近では複数のD-A変換器の組み合わせによって正確な出力電流が得られるようになっているので、トリマー回路は不要になりつつある。
人工内耳を手掛けるAdvanced Bionicsの研究開発部門でバイスプレジデントを務めるLee Hartley氏は、「現行の人工内耳はまだ課題が多い。雑音の多い環境でも聞き取りたい音声を選別して認識できるようなスピーチプロセッサの開発もそれらの1つだ。人工内耳の利用者は、音の大きさや周波数を識別する能力が衰えていることが多い。つまり、人工内耳によって音声を認識できるようになっても、会話の内容を理解したり、音楽を鑑賞したりするには、周辺の雑音の中から必要な情報をうまく抽出する必要があるのだ」と指摘する。
Hartley氏は、この他の人工内耳の性能向上に向けた課題として、市販の機器とのユビキタスな無線通信、低消費電力かつ処理負荷の小さい高度な情景分析アルゴリズム、患者と医者の居場所に関係なく患者が医者から人工内耳に関するサービスを受けられる技術などを挙げた。さらに同氏は、「人工内耳の技術開発トレンドは小型化が主流となっている。半導体技術が進化すれば、高度な無線通信機能や低消費電力化の実現も容易になる。加えて、人工内耳のシステムをモジュール化することで、利用者の要望に基づいたカスタマイズも可能になるかもしれない」と期待している。
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