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家電版「覇者の驕り」――名門家電メーカーは垂直統合モデルから脱却できるか井上久男の「ある視点」(13)(1/2 ページ)

電機業界の赤字3兄弟「SKN 1.3」で最も重篤なのは? 名門再生のカギは過去の栄光を捨てられるかだ。

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赤字3兄弟「SKN 1.3」

 電機業界を担当する一部の記者の間で「赤字3兄弟」という隠語がある。ソニー、パナソニック、シャープのことだ。いずれも薄型テレビを主力商品に置いてきた企業だが、その薄型テレビ事業が大きく足を引っ張っていることは既に多くのメディアが報じている。

 2012年3月期連結決算で3社とも巨額の最終赤字に陥る。ソニーは4期連続の赤字でその額は2200億円、パナソニックは製造業では過去最大級の7800億円、シャープは同社として過去最大の2900億円の純損失をそれぞれ計上する見通しだ。

 筆者は「赤字3兄弟」とは言わずに、少ししゃれた(?)言い方をしている。3社のことを「SKN 1.3」と呼ぶ。3社の本社(ソニー:品川、パナソニック:門真市、シャープ:西田辺)所在地*の頭文字と赤字総額(約1.3兆円)を掛け合わせたものだ。正確にはシャープの本社所在地名は「西田辺」ではないが、地下鉄御堂筋線の西田辺駅で降りて本社に歩いて行くことから、シャープの社員も本社のことを「西田辺」と指すケースがある。


* 住所でいうとソニー本社は港区だが最寄り駅がJR品川駅。パナソニックの本社は大阪府門真市、シャープは大阪市阿倍野区が本社所在地だが、やはり最寄り駅が西田辺である。


赤字3兄弟で最も悲観される企業

 大赤字に加えて3社に共通することが2つある。1つは、社長が交代することだ。これは既に正式に発表されている。ソニーは2012年4月1日付で、平井一夫副社長が社長兼CEOに昇格する。これまでソニーを牛耳ってきたハワード・ストリンガー会長兼社長CEOはCEOの座を平井氏に譲るが会長にはとどまる。

 パナソニックは6月27日付で、津賀一宏専務が社長に昇格する。大坪文雄社長は会長となる。「天皇」と呼ばれるほどの実力者で、パナソニックの現在の経営路線を決めてきた中村邦夫会長は相談役に退く。

 シャープも4月1日付で奥田隆司常務執行役員が社長に昇格する。大型液晶の堺新工場の建設などを推進してきた片山幹雄社長は代表権のない会長に、町田勝彦会長は相談役にそれぞれ退く。

 新社長は3人とも50代であり、日本の有名大企業の社長としては若い。後を託した人は、まだバリバリ働ける若さに期待したのであろう。3社ともに過剰な人員や生産能力の削減など、痛みを伴う経営構造改革を推進することが求められていることは誰が見ても明らか。経営トップは精神的にも肉体的にもタフでないと務まらないだろう。

 企業が経営改革を断行できるか否かは、経営トップが過去のしがらみを断ち切れるか否かに左右される。実質的に経営破綻した日本航空の場合も、過去の日本航空とは無縁の、外部から来た京セラ名誉会長 稲盛和夫氏が大ナタを振るっている。仏ルノーからやってきた日産自動車のカルロス・ゴーン氏も、労使関係なども含めてあらゆる慣行を前例を無視して見直した。

 過去のしがらみを断ち切れと言うのはたやすいが、人員削減を断行し、不採算事業を潰し、コストを優先して取引相手も大胆に変えるとなれば、現実的には人の恨みを相当に買ってしまう。だから真剣に改革に臨むリーダーには覚悟がいる。

 歴史上の人物を見ても、過去を否定するような改革を断行したリーダーは暗殺などの憂き目にあっている。例えば、武士の時代を終わらせた明治維新の英雄、大久保利通は暗殺され、西郷隆盛も西南戦争に巻き込まれ自害した。倒幕に向かう薩長同盟締結の原動力となった坂本竜馬も殺された。

 そうした視点で新社長を見ていくと、3人とも内部からの昇格であり、役員として現経営体制を支えてきただけに、「しがらみ」はありそうだ。しかも前任者から社長に指名されたわけであり、前任者のことを簡単に否定できるものだろうか。

 ソニーはストリンガー氏のモノづくり軽視の姿勢が今の失速を招いたとの指摘もある。シャープは片山氏が進めてきた堺新工場の建設など大型液晶への投資が重荷となり、今の苦境を招いた。パナソニックも同様に中村氏と大坪氏が推進した薄型テレビ事業への過剰な投資が悪の根源である。はっきり言わせてもらえば、特にシャープとパナソニックはテレビのコモディティー化が進み、半導体と同様に韓国勢との力勝負になっていることが分かっていた局面で、あえて国内に過剰投資した前任者の経営責任は相当に重いと筆者は考える。株価は落ち、企業価値が低下して株主に損害を与えているわけだから、海外なら引責辞任してもおかしくないケースだ。

 新社長3人が前任者の経営判断ミスを軌道修正しなければ、これらの企業の再浮上はないだろう。要は過去を健全に否定できるかがカギとなる。かつてホンダの創業者である本田宗一郎氏も「企業経営で大切なことは『不常識』である」と説いた。これまでの社内常識を否定するという意味である。

 もう1つの共通点は、3社ともに今のままでは将来展望が暗いことである。はっきり言わせてもらえば、どのビジネスで稼ぐかが明確かつシンプルでないのだ。ただ、ソニーには音楽などのコンテンツや金融ビジネスなど、テレビに代わって稼ぐものがある。シャープも大黒柱の液晶ビジネスが今後どうなるのかが不透明だが、この会社には、一流意識はあまりなく、ベンチャー的ないい意味での“せこさ”や“すばしっこさ”がDNAとして残っている印象だ。それがしぶとさにつながっているため、何とか生き残るような気がする。この2社にはかすかながらも展望が見える。

 最も将来展望が暗く、危機感にも乏しいのがパナソニックだと筆者は考える。韓国勢の追い上げによって期待された電池事業で三洋電機の優位性は低下しており、その三洋電機買収が「のれん代償却」「過剰人員問題」などとしてこれから重荷になる。

 三洋電機はパナソニックの100%子会社と位置付けられる。事業統合を果たしたものの、社員は三洋電機から出向扱いだ。また三洋電機のテレビやデジタルカメラなどの事業は「残留組」と言われ、パナソニックから不要と見られて事業統合しなかった。「SANYO」ブランドの消滅は決まっており、売却されない限りこうした事業も近いうちには中止される。「残留組」の雇用の場は失われ、早期退職などの割増金を積んで解決する方向になるだろう。パナソニック出向組に対しても、「55歳以上の社員には退職勧奨をしている」(関係者)という。三洋電機は金のなる木どころか、今後も「出血」が止まらない「金食い虫」となりかねない。アナリストなどの市場関係者も「買収効果はない」と見る向きがある。

 さらにパナソニックは2011年夏、重複する三洋電機の洗濯機や業務用冷蔵庫の事業を中国家電大手のハイアールに、社員の雇用維持を条件に売却した。三洋電機のこの両事業は、ベトナムやインドネシアでのプレゼンスが高く、東南アジア事業の強化を狙うハイアールにとってはのどから手が出るほど欲しいものだった。いずれアジアでパナソニックを脅かす存在になると見られていたが、売却から半年ほどたった今冬(2012年1月)、ハイアールは三洋電機の洗濯機ブランドだった「アクア」を前面に打ち出し、日本上陸を果たした。

 こうしたメーカー側の危機感のなさについてはメディアにも責任がある。パナソニックはトヨタ自動車と並んで日本製造業の「横綱」として君臨してきたため、なぜ苦境に至ったかを真剣に受け止める謙虚さに欠ける印象だ。大広告主であることから、主要な新聞や雑誌ではパナソニック批判をタブー視する傾向が強い。

 メディアが広告主に配慮して「本当のこと」を書かないから、社員にも危機感が伝わりにくいし、社会も「あの企業が危機なんて……」という風に見る傾向があるのだろう。しかし、株価は30年前の水準に落ち込み、株式市場では見放されつつある。メーカーとして肝心のヒット商品はなく、売り物と言えばもはや「幸之助イズム」くらいしかないのではなかろうか。確かに幸之助の本は売れている。サムスン電子幹部も「ソニーにはまだ学ぶべき点が残っているが、パナソニックには何もない」と話す。

 2012年3月14日の春闘一斉回答日では、シャープが定期昇給を凍結する方針を打ち出したのに対して、パナソニックは「事業立て直しに向けて士気向上につなげる」として定期昇給を維持した。しかし、この危機的な状況下においては、過去の労使慣行と決別してでも労務コストを抑える局面にあるのではないか。パナソニックの給与水準は業界内ではもともと高い方なのだから、多少賃金を下げても生活に困る状態に陥るわけではない。これも危機感のなさの表れだろう。

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