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ソニーの次世代ディスプレイ「Crystal LED Display」の実現性に迫る本田雅一のエンベデッドコラム(12)(2/2 ページ)

2012 International CESでソニーが発表した「Crystal LED Display」。約600万個のLEDを敷き詰めた55インチ・フルHDの映像は見る者全てを魅了した。今回は、このCrystal LED Displayの量産化・低コスト化といった“実現性”について考察したい。

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量産、低コスト化に課題あり? 「Crystal LED Display」の実現性は

 では、このCrystal LED Display。その実現性はどの程度なのだろうか? そのあたりを現地で取材してみた。

 前述の通り、画質面では比肩するものが思い付かないCrystal LED Displayだが、発表当初から疑問の声も挙がっている。量産、低コスト化が絶望的ではないかとの声も聞かれる。普段の連載とはやや異なる趣旨となるが、このあたりの情報を今回は整理してみたい。

 まず、Crystal LED Displayの基本的な構造と作り方について話を進めよう。

 既に報道されている通り、Crystal LED Displayは一般的に照明や表示用などに使われているLED素子を大量に並べたものだ。一部にガラス面に対して高温の半導体材料を流し込んで結晶化させるといった報道があったが、実際にエンジニアに話を聞いてみると、「別途作っておいたLED素子をガラス面に“アセンブル”することで作る」そうだ。

 フルHDの200万を超える画素に、それぞれRGBの3原色のLEDを配置するわけであるから、合計では600万個を超えるLEDが必要となるわけだ。ご存じの通り、LEDの製造原価は急速に下がってきてはいるもののまだまだ高価である。RGBの原色ごとにLEDの原価は異なるが、ザックリと平均5円ぐらいとして計算すると3000万円、7円なら4200万円となる。つまり、Crystal LED Displayの原価の多くはLEDに依存することになる。

 さらに、組み立て工程についても課題は多い。

 ソニーはCrystal LED Displayの製造工程について、その技術の詳細を明かしていない。現在、分かっているのはガラス面に対するプロセス処理ではなく、LEDを配置していく組み立て工程で作られるということだけだ。また、「5年ほど前、安価に作れる可能性についてシンプルな手法を思い付き、3年前にプロジェクトが立ち上がった」と関係者は話しており、比較的最近になって大きな進歩があったことが推察できる。

 ソニー自身は口をつぐんでいるものの、科学技術振興機構のCREST(Core Research for Evolutional Science and Technology:戦略的創造研究推進事業)で情報交換されているナノ製造プロセスに関連しているのではないかとの意見が多い。ソニーは溝が切られたプレートに、流体に混ぜた素子を流し込み、特定の電界をかけることで均等に素子を並べる技術特許を申請している。これは前述のプロジェクト開始よりずっと昔の特許だが、その後、この技術の改良を思い付いたのだろう。

 ただし、この方法は石英ガラスでは歩留まりが上がらず、現在のところサファイアガラスが必要になるという。前述のCRESTでも、組み立てのためのノウハウ、工程についてはほぼ議論が落ち着いてきており、研究の中心は“脱サファイアガラス”に移っているという。

 サファイアの結晶サイズには限界があるため、現在はサファイアガラスのタイルに対して加工とLED配置、配線を行い、それを保護ガラス上に並べて連結しているのだろう。ご存じのようにサファイアガラスは高価な材料であり、生産性も低い。脱サファイアの実現が可能になるかどうかが、Crystal LED Displayの将来を決めるといっても過言ではない。

 ソニー関係者によると、「脱サファイアプロセスの開発には挑戦しているものの、精度面での問題から高い生産歩留まりはまだ実現できていない」とのことだ。しかし、このタイミングで見せてきたということは、“発展性のある生産技術について見込みが立ってきた”と捉えることができる。こうした研究開発は突破口が見えた途端、一気に進むものだけに期待せずにはいられない。

 Crystal LED Displayは、パネルサイズが大きい場合にはLEDの配置間隔を広くし、サイズが小さい場合にはLEDの間隔を狭めることが容易だ。現在、サファイアガラスを使っている(と推測される)ことを考えれば、業務用マスターモニターの主流サイズである23インチからCrystal LED Displayの導入を目指すという判断はあり得るだろう。

参考:ソニーの23インチ 液晶マスターモニター「BVM-L231」
参考:ソニーの23インチ 液晶マスターモニター「BVM-L231」。業務用マスターモニターの主流サイズである23インチからCrystal LED Displayの導入を目指すという判断はあり得る

 仮にLEDの生産コスト低減、脱サファイアといった目標が達成できたならば、Crystal LED Displayは一般的なフラットパネルディスプレイとは異なるシナリオでの事業立ち上げが可能になるだろう。

 液晶やプラズマは大規模工場への巨額投資を行い、マザーガラスを大型化して生産性を高めることでコストを下げ、競争力を強化してきた。工場への投資規模で争ういわばチキンレース的な競争である。しかし、Crystal LED Displayの場合、ディスプレイの元となる発光素子は一般的なLEDを用いることができる。これは自社で製造してもいいし、需要変動分は他社から購入してもいいだろう。

 ディスプレイとしての組み立ては、生産規模に合わせて小規模から大規模まで柔軟なシナリオを描ける。全てをCrystal LED Displayで置き換えるといった戦略は描きづらいが、一方で上位だけにCrystal LED Displayを置き、その下に購入品のOLEDとLCDを配置するという製品構成は可能かもしれない。

 道は険しいものの、今回のCESで久々に将来に期待を持たせるディスプレイ技術に出会うことができた。今後の動向に注目していきたい。

筆者紹介

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本田雅一(ほんだ まさかず)

1967年三重県生まれ。フリーランスジャーナリスト。パソコン、インターネットサービス、オーディオ&ビジュアル、各種家電製品から企業システムやビジネス動向まで、多方面にカバーする。テクノロジーを起点にした多様な切り口で、商品・サービスやビジネスのあり方に切り込んだコラムやレポート記事などを、アイティメディア、東洋経済新報社、日経新聞、日経BP、インプレス、アスキーメディアワークスなどの各種メディアに執筆。

Twitterアカウントは@rokuzouhonda

        近著:「iCloudとクラウドメディアの夜明け」(ソフトバンク新書)


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