矢崎総業がストライキから学んだこと――現地化と新しい経営スタイルの模索:井上久男の「ある視点」(10)(3/3 ページ)
2010年ごろから盛んになった中国国内の労働争議。良好な労務管理が評価される矢崎総業も例外ではなかった。同社がストライキから学んだこととは?
杉山氏がストライキから学んだこと
同時に杉山氏は5年を越える中国でのかじ取りで、中国のことが分かったつもりになっていたが、現在の中国社会や国民性などの本質を完全に理解していなかったと反省した。
「ストライキで学んだこと」として杉山氏は以下の4つのポイントを掲げる。
1. 尽くしたからといって、分かってくれるわけではない
日本的価値観と中国的価値観にズレがあることは分かっていたが、「これだけ尽くしたのだから分かってくれるだろう」という甘い図式は通用しない。
2. 従業員の大半を占める「小皇帝」の潜在意識はなかなか変えられない
「小皇帝」とは、経済が発展している中で一人っ子政策の下、両親やその祖父母から甘やかされて育ってきた現代中国の20代の若者のことを指す。貯金をする気もなく、楽してお金を欲しがるなどの傾向がある。最近、中国では「月光族」という言葉もはやっている。1カ月分の給料をぱーっとそのまま使ってしまう若者であり、そうした存在が中国の消費を支えているとの見方もある。「噛老族」という言葉もはやっているが、これは親の脛をかじっている若者のことを指す。
3. 有事の対話は通訳経由では伝わらない
日本人の出向者が誠意をもって現地従業員と対話しても通訳を介してではなかなか真意が伝わりにくい。まして「有事」の時は全く効果がない。
4. 会社の意向は現地人を介さないと説得し難い
会社の意向を伝えるためには、現地人の職制を通じて従業員に話をした方が説得性は高い。
こうした分析を踏まえて、FSYは「現地化の推進第2ステップ」として会社の運営方法を現地主導型に大きく切り替えた。杉山氏は「中国人幹部を育成し、現地人上司から現地人部下の『小皇帝』に社会常識を教え込み、二度とストライキが起こらない健全な会社を作り上げることが真の狙い」と説明する。
二度とストライキが起こらない会社を作るために
ここでは5つの大きなポイントがある。
1. 日本人主導型からローカルスタッフ主導型への転換
これまでは日本人の出向幹部が経営方針や目標管理などを細かく指導していたが、大きな方針や目標だけを日本人の出向幹部が提示し、その目標の実現・達成に向けて現地人幹部と部下が自分たちで方策を考えるスタイルにする。与えられた目標以上に達成(過達)すれば賞与や昇給時に一部を還元する。
2. 集団契約の締結、社内規定の見直しと団体交渉の開始
ストの違法性を明記した集団契約書を政府指導の下で全従業員と締結する。このほか、全ての会社規定は各部から選出された規定委員会で決める。昇給や賞与は団体交渉の規定に則して進める。
3. 毎月の幹部会で幹部のあるべき姿の教育を行う
月次損益を現地人幹部に公開し、経営状態を知らしめ、会社経営への参画意識を高める。同時に、部下への教育資料は現地人幹部が自ら勉強しながら作成する。
4. 日本式の「あ・うんの呼吸」を捨て「責任と権利と義務」を明確にした指導方法に変更する
職制手当は幹部の義務と責任を果たすために支給していることを就業規則で明文化し、その中には部下への教育も含まれていることを明確化させた。労組と合意の下、遅刻や重大なミスなどに減点制度を導入し、減点が5点以上になると解雇できる制度を導入した。逆に実績を上げた従業員への表彰制度を導入し、信賞必罰を明確にした。
5. 従業員の不平不満を徹底的に吸い上げてそれに対処する
約20人の部下を束ねる班長会議を月に1度開催することを義務化したほか、意見箱を設置して毎日回収して2週間以内に回答する仕組みを導入した。
日系企業が生み出す新しい経営スタイルを模索して
杉山氏は「サラリーマン最後の集大成として仕事に臨んでいる」と話す。
事業規模の大小を問わず、多くの日本企業が中国に進出し、事業の拡大に合わせて現地人社員も増加している。日本企業の真のグローバル化とは、ローカル対応力の強化にほかならない。それは単純に日本式を押し付けることでもないし、現地に迎合することでもない。日本の企業文化と現地の風土・文化を融合させて新たな経営スタイルを作り出すことではないだろうか。FSYの取り組みが新たな経営スタイルを生み出せるのか、今後も注目したい。
筆者紹介
井上久男(いのうえ ひさお)
Webサイト:http://www.inoue-hisao.net/
フリージャーナリスト。1964年生まれ。九州大卒。元朝日新聞経済部記者。2004年から独立してフリーになり、自動車産業など製造業を中心に取材。最近は農業改革や大学改革などについてもマネジメントの視点で取材している。文藝春秋や東洋経済新報社、講談社などの各種媒体で執筆。著書には『トヨタ愚直なる人づくり』、『トヨタ・ショック』(共編著)、『農協との30年戦争』(編集取材執筆協力)がある。
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