固体酸化物形燃料電池(SOFC)技術〔後編〕注目の集まる家庭用燃料電池の知財動向を読む:知財コンサルタントが教える業界事情(10)(2/3 ページ)
いま注目を集めている固体酸化物形燃料電池(SOFC)に対し、材料メーカーとシステムメーカーはどのような知財戦略をとってきたかを検証。今回も出願年に注目したいので商用データベースを試用する。
日本公開特許から見たSOFCに取り組む日本企業の技術開発状況
ここでは、製品化を果たしたJX日鉱日石エネルギーと、そのJX日鉱日石エネルギーにSOFCセルスタックを提供している京セラ、さらには各システム企業を支えているセラミック系企業の
- SOFC:SOFC特許のうち本体に関わるもの
- システム:SOFC特許のうち、SOFCシステムに関わるもの
に注目して、日本公開系特許の調査・分析を進めることにします*。
*本稿ではこれまで技術開発に地道に取り組んできた日本企業の特許出願動向に注目します。なお、特許出願から公開までの期間は通常1.5年ですから、2010年出願分では約2分の1相当の期間分の特許のみが、2011年出願分では一部の特許のみが、それぞれ公開されていることにご注意ください。
製品化を果たしたJX日鉱日石エネルギー〜いかにも燃料電池システム企業らしい特許出願
前述した「SOFCプロジェクト実証研究」のパンフレットにある、JX日鉱日石エネルギーの実証試験設置台数を見ると*、実証研究への本格的参加は2009年からであり、その参加目的は京セラ製セルスタックを搭載したシステムの実機試験と、その実用検証であったと推測されます。
*JX日鉱日石エネルギーの実証試験設置台数 2007〜2010年のSOFC実証研究設置台数の推移(燃料:LPGと灯油)は、LPG型が1台→2台→14台→27台と推移しているのに対し、灯油型は各年に1台ずつでした。このことからJX日鉱日石エネルギーの実証研究への本格的参加は2009年と推測されます。
JX日鉱日石エネルギーの特許出願はSOFCシステムに関わる出願がほとんどであり、たとえSOFC本体に関わる出願であっても、システムや運転方法が記載されているという特徴があります。
図2から、JX日鉱日石エネルギーには、SOFCセルスタックに関わる出願がほとんどなく、しかも共同出願件数が少ないことから、SOFCシステムの構成部品は外部からの調達に依存しているものと推察されます*。また、2006年からの出願件数増加傾向は、2009年からのSOFCプロジェクト実証研究への本格的参加に備えた当初の技術開発成果の特許出願と推察されます。
そして、2008年の出願件数の落ち込みは、翌2009年からの本格的実証研究向けた実験機試作に専念し始めたことをうかがわせます。また、2009年の出願件数増加は、実験機に搭載された技術を網羅するための特許出願と推察されます**。
JX日鉱日石エネルギーの共同出願特許で目立つのは、荏原バラード(7件)、三洋電機(7件)くらいです。
ここからは、SOFCシステムを支えるセラミックス系セルスタック用材料の開発に取り組む企業の特許出願動向に注目してみましょう。
後述するように、先行企業である京セラは、実績のあるイットリア安定ジルコニア(YSZ)で構成されたSOFCセルスタックを用い、実用化を目指した改良に取り組んでいますが、後発企業はSOFCの作動温度のさらなる低温化を目指して新しい材料系の技術開発から着手しています***。
*SOFCシステム構成部品の調達 現時点では、京セラとの共同出願は見当たりません。
**出願傾向 大企業の新規事業部門に特徴的な出願傾向といえます。つまり、「技術開発段階から製品化に突き進む時期では特許出願件数が減少」し、「製品発表時期には、製品に搭載された技術成果に基づく出願がなされる」という、特許出願件数推移が示されています。
***後発企業の技術開発 知的財産の視点からは「先行企業の特許群を回避した迂回技術の開発」と見なすことができます。
京セラ〜実績ある材料で最速の実用化を実現
商用化で先行したい京セラは、実績のあるイットリア安定ジルコニアを用い、セラミックスの耐久性向上を追及して、SOFC製品搭載(JX日鉱日石エネルギーにSOFCセルスタックを供給)にこぎ着けたようです。
ですから、YSZの剥離やクラック、さらにはヒートサイクルといったSOFC実用化上の技術的課題に注目した特許出願が目に付きます。
京セラの開発した「横縞セルスタック」は、1本のセラミック基板上に、多数のセルが直列に配列された構造になっています。SOFCの耐久性に影響を及ぼす合金系金属を使用しないオールセラミックス構成となっており、長時間発電後でもセルスタックの電極劣化が抑制できる材料となっており、耐久性も優れたものになっているようです*。
*横縞セルスタック 京セラのニュースリリース参照。
図3から、京セラが2011年の製品化(JX日鉱日石エネルギーのSOFC製品への搭載)に向け、2007年ごろから新たな技術開発に取り組み始めたと推測されます。それに伴い、SOFC“セルスタック”用材料を中心とする材料技術開発から、SOFC“システム”を意識した技術開発へと移行し、他社との共同出願も積極的に行っていることが分かります*。
京セラの共同出願特許には、家庭用SOFCを狙う東京ガス、リンナイ、ガスター、大阪ガスだけでなく、トヨタ自動車(10件)、アイシン精機(7件)も登場しています。これらトヨタ系企業はSOFC燃料電池車への布石を狙ったものと推察されます。
*他社との共同出願 現時点では、JX日鉱日石エネルギーとの共同出願は見当たりません。
日本ガイシ〜実績ある材料で挑む堅実な企業風土
日本ガイシは、研究の歴史が長く、かつ実証データの多いイットリア安定ジルコニア(YSZ)を採用した電解質の薄膜化に取り組んでおり、厚み5μmの薄さで750〜800℃でも高効率を保つセルスタックを開発しています。
図4から、日本ガイシではセラミックス材料開発に焦点を絞った特許出願を行っていると推察されます。手堅さを重視する企業風土を感じさせるデータといえます。共同出願特許に関しては、産業総合研究所との1件しかありません。
東邦ガス〜スカンジア安定ジルコニア(ScSZ)に取り組んでいたが……?
東邦ガスでは、イットリウム(Y)の代わりに、希土類のスカンジウム(Sc)を添加して、低温下でも割れにくくしたスカンジア安定化ジルコニア(ScSZ)を独自に開発しています。ScSZの特徴は600〜750℃と低温で作動し、しかも電力消費量が少なくても発電効率が下がりにくいことにあります。しかしながら、イットリア安定ジルコニア(YSZ)でも700℃の低温化を達成していると推測される現在の状況では、苦しい技術開発競争が予測されます。
図5から、東邦ガスは技術開発指向ではあるものの、現在ではその技術開発も中断されているものと推測されます。
TOTO〜スカンジア安定ジルコニアだけでなく、ランタンガレートにも着手
TOTOはイットリウム(Y)の代わりに、希土類のスカンジウム(Sc)を添加して、低温下でも割れにくくしたスカンジア安定ジルコニア(ScSZ)に取り組むだけでなく、さらに低温化できる新材料にも取り組んでいます。
すなわち、酸素イオンが電解質を通る効率が高い、希土類のランタン(La)と金属のガリウム(Ga)の酸化物(ランタンガレート系酸化物)にも取り組んでいます。しかしながら、拒絶査定を受けている特許も多く、特許権の確保には苦戦しているようです*。
*拒絶査定 CKSWeb(中央光学出版が提供する特許検索サービス)では、「生死状態/審査審判情報」から出願された特許の現在の状況を知ることができます。
図6から、TOTOは2008年の出願件数を急増させていることが分かります。しかも、翌2009年のSOFC出願件数が横ばいであるにもかかわらず、SOFCシステムの出願件数は2008年に比べて増加しています。
このことはTOTOが他社にSOFCセルスタックを供給するだけでなく、自社SOFCシステムの製品化を狙った特許出願を行っているためと推察されます。このことは、2009年からのSOFC実証研究に700W級自社製SOFCシステムで参加していることからも裏付けられます。
TOTOの共同出願特許としては、日立製作所(6件)が目立つくらいです。
三菱マテリアル〜コバルト(Co)添加のランタンガレート系酸化物に取り組む
ランタンガレート系酸化物にコバルト(Co)を添加した電解質を、九州大学の石原達己教授と共同で開発しています。1000℃でイットリア安定ジルコニア(YSZ)が発揮する性能を、ランタンガレート系材料では約720℃で実現できていますが、当然のことながらYSZの低温化との技術開発競争になっています。
図7から、三菱マテリアルでは共同出願特許が多いことが目立ちます。関西電力との共同出願が152件と多く、関西電力が三菱マテリアルと組んで大規模発電事業開発を狙っているものと推察されます*。
*関西電力との共同出願 これなら三菱マテリアルにとって、家庭用で先行する企業とのすみ分けも可能になります。
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