緊急寄稿:洪水被害のタイ・バンコクのいまとこれから:知っておきたいASEAN事情(5)(2/2 ページ)
日系企業が多数進出しているタイで発生した洪水。連載「知っておきたいASEAN事情」の著者・栗田氏が現地の状況をレポート。
各地の工業団地の状況は?
さて、ここからはタイへ進出している日系製造業についてお話しします。
タイでは、バンコクの北部と東部に大きな工業団地群があります。北部はロジャナ工業団地、ハイテック工業団地、ナワナコン工業団地など、東部はタイ最大のアマタナコーン工業団地、ピントン工業団地、イースタンシーボード工業団地などです。
今回の洪水で、最も被害が大きいのがチャオプラヤ川、もしくはその支流が流れる北部の工業団地群です。日本のTVで繰り返し流されている映像は、ロジャナ工業団地のホンダ、ハイテック工業団地のキヤノンです。特に自動車が水没している様子はかなり衝撃的な映像でした。また、ナワナコン工業団地には、HDD関連の製造拠点が集まっています。代表的なものとして、ウェスタン・デジタルの工場があり、その周辺には関連品目の製造拠点も多くあります。こうした精密機器製造ではクリーンルームが必須です。被害を受けた工場では新規の設備投資が必要となるでしょう。今回の冠水被害は計り知れません。
北部と東部、直接被害の差はあれど
今回の洪水で、北部の工業団地と東部の工業団地では、大きく明暗を分けました。タイ最大の工業団地であるアマタナコーン、米系自動車関連が多く東洋のデロイトと呼ばれるイースタンシーボードでは全く洪水被害が出ておりません。理由は簡単です。洪水の原因であるチャオプラヤ川から遠く離れているからです。
しかし、自動車関連製造に関しては、北部にあるTier1、Tier2の被災から、洪水とは無縁の地域にある組み立て工場も操業を停止する事態に陥っています。こうしたサプライチェーンの分断は、タイ国内から始まり、その後、東南アジア周辺国、日本へ急速に拡大しています。東日本大震災から復興しつつあった日本の自動車産業にとってはかなり大きな誤算でしょう。
Tier1以下の企業に重くのしかかる負担
自動車関連では、タイに東南アジア最大の「裾野産業」が形成されています。50年に1度の洪水とはいえ、今回の被災をきっかけに、何らかの対策が取られるのは間違いありません。事業規模の大きいTier1は、同一品目を複数拠点で製造する体制を築きつつありますが、事業規模の小さいTier2、Tier3では、とても無理な話です。生き残りをかけてタイに進出してきた多くの企業にとって、簡単に代替策は取れないのが現実でしょう。
カントリーリスク再評価が進む
一方、自動車関連以外では、間違いなくカントリーリスクの見直しが行われると思われます。今回被災した製造拠点の復興を目指す、もしくはタイ国内外を含め、新しい拠点の設立を目指すという2通りの選択肢があるはずです。判断基準はタイ政府の動向次第でしょうか。
海外からの投資を背景に、国内経済の成長を図ってきたタイとしては、今回の水害を機にかなり大きな岐路に立っているはずです。明確なリカバリープランを提示し、再発防止を担保できなければ、被災した外国企業が他国へ生産シフトする可能性があります。
そもそもタクシン政権時代には、治水事業に多くの予算が積まれていました。どこの国でもそうなのですが、土木関連事業には多額のお金が動きます。タクシン元首相の狙いがどこにあったかは不明ですが、その後の反タクシン政権は、こうした土木事業予算を凍結してしまいました。本来は重要な事業予算だったのでしょうが、その後、タクシン派・反タクシン派の政争が過激化し、治水事業が全く行われないままに、今回の災害が発生してしまいた。
現在のインラック首相は、タクシン元首相の実妹であり、多くの政策にタクシン元首相の意向が反映されているといわれています。一流の事業家であったタクシン元首相が、今回の国家危機をどう判断し、どのような政策を打ち出すのか、非常に興味が引かれるところです。
2011年11月1日現在、今回の洪水は、何とか山場を越えたようですが、事態の収束にはまだかなりの時間が必要といわれています。日本をはじめとする外国企業が、タイの生産拠点に、どのような判断を下すのか、また新しい動向があれば、今後の連載の中でお伝えしていきたいと思います。
筆者紹介
(株)DATA COLLECTION SYSTEMS代表取締役 栗田 巧(くりた たくみ)
1995年 Data Collection Systems (Malaysia) Sdn Bhd設立
2003年 Data Collection Systems Thailand) Co., Ltd.設立
2006年 Data Collection Systems (China)設立
2010年 Asprova Asia Sdn Bhd設立- アスプローバ(株)との合弁会社
1992年より2008年までの16年間マレーシア在住
海外の現地法人は? アジアの市場の動向は?:「海外生産」コーナー
独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。
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