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震災で試されるトヨタの「絆」〜付加価値向上システムの崩壊とグローバル価格競争井上久男の「ある視点」(1)(3/3 ページ)

トップメーカーの業績を支える2次請け、3次請け企業の意欲は高まっているか? 日本的企業グループシステムの変質から復興を占う。

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グローバル価格競争と付加価値向上システムの崩壊

 ところが、いま、その信頼関係が揺らいでいる。きっかけは、トヨタが2000年に始めた「CCC21」と呼ばれるコスト削減プロジェクトにあった。有無を言わさず3年間で部品調達コストの約3割=1兆円の部品購入コストを削減した。お互いに利益を分かち合うという考えが薄らいだ。これにより、トヨタは2兆円を超える利益を出すようになったが、下請けの経営上の疲弊が進んだ。

 ある下請け企業の役員は「この『CCC21』という無理なコスト削減によって、部品の品質を下げざるを得なかった。大量リコールが出ているのも、この無理なコスト削減の影響だ」と言い切る。トヨタだけに限らず、大手メーカーは同様に、国際競争に勝つために部品メーカーに実力以上のコスト削減を求めた結果、下請け企業の経営上の疲弊が加速した感がある。さらに、トヨタは2009年から「RRCI(良品廉価コストイノベーション)」と呼ばれる、「CCC21」と同様の大規模なコスト削減策を実行しており、さらなる疲弊が懸念される。

 筆者は下請け側に甘えがあるわけではないと感じている。誤解を恐れずに言えば、大企業側の戦略ミスのツケを下請け側が払っている面も否めないし、「安ければいい」という大企業の安易な発想が広まったことで、下請けとの信頼関係に基づく「阿吽の呼吸」が喪失しているようにも見える。繰り返すが、「付加価値」とは価格競争力のことを指すものではない。

 トヨタはこうした信頼関係の薄れに危機感を持ったのか、デンソーやアイシンといった大手の部品メーカーが中心ではあるが、2010年12月にグループ企業の社長や会長経験者で構成される親睦会「絆の会」を立ち上げている。

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 今回の大震災からの復興にあたっては、「一丸となって頑張ろう」といった表現をよく聞くが、この絆の喪失によって、本当に一丸になれるのかとさえ思う。

 産業構造的に下層に位置する多くの中小企業が自律的に判断して動くから、復旧スピードも早まるのだが、今回は大丈夫だろうか。経営悪化に追い打ちをかける、この大震災を契機に、本音では廃業を意識している中小企業も多いのではないだろうか。

 海外移転を加速させ国際競争力も向上させる。同時に国内の中小企業が持つ付加価値の高いモノづくりも維持する。どちらか一方ではない。一見矛盾することを同時並行でやらなければならない。これが今回の大震災からの復旧を通じて日本の製造業が取るべき道だと筆者は感じる。これを成し得たときに初めて「災い転じて福となす」といえるのではないだろうか。


筆者紹介

井上久男(いのうえ ひさお)

Webサイト:http://www.inoue-hisao.net/

フリージャーナリスト。1964年生まれ。九州大卒。元朝日新聞経済部記者。2004年から独立してフリーになり、自動車産業など製造業を中心に取材。最近は農業改革や大学改革などについてもマネジメントの視点で取材している。文藝春秋や東洋経済新報社、講談社などの各種媒体で執筆。著書には『トヨタ愚直なる人づくり』、『トヨタ・ショック』(共編著)、『農協との30年戦争』(編集取材執筆協力)がある。



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