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コラム

生産拠点・設備の災害リスク管理で知っておくべきこと東日本大震災の教訓を生かせ(2/3 ページ)

生産設備や事業所などのリスク分析を専門とする筆者が、震災の教訓から対策を示します。高度にネットワーク化した社会でリスクを低減するために、踏み込んだ議論の必要もあります。

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リスク対策:さまざまな地震対策とその分類

 図2は地震対策を列記したものです。これだけ多いと、どのような対策を優先すべきか判断するのに困ります。そこで、効果や確実性などから対策を分類できます。まず、対策の効果からは、リスク低減(Risk Redaction)とリスク転嫁(Risk Transfer)に大別することができます。

「リスク低減」と「リスク転嫁」を切り分けよ

 リスク低減策はハード対策とソフト対策に分けられ、ハード対策は建物や設備の補強、防消火設備の拡充、バックアップ機能の確保など、費用はかさむものの、効果は高く、確実な対策です。一方、ソフト対策は防災マニュアルの整備や防災教育・訓練、風評・マスコミ対策など、主に事後対応や人々の行動の適正化を促す対策となります。一方で、想定を上回るような被害が発生すると、人々の行動は往々にして冷静さを欠いたものになります。このため、ソフト対策の効果には一定の不確実性を伴うことを認識する必要があります。

 リスク転嫁策は、一定のコストを他者に支払い、損害額を肩代わりしてもらうことで、経営上(財務上)のリスクを減らすことができます。金融対策は全てこの仕組みにのっとっています。金融対策で一番に思い付くのは地震保険ですが、SPC法などの施行により、金融派生商品(derivative)の方法を利用したさまざまなリスクファイナンス手法が作られるようになりました。具体的には、保険デリバティブ、キャットボンド(catastrophe bond:災害債券)、コンティンジェントデット(contingent debt)などです。これにキャプティブ保険やファイナイト保険を加え、総称して代替的リスク移転策(ART:Alternative Risk Transfer)と呼びます。

図2 さまざまな地震対策と分類
図2 さまざまな地震対策と分類

注1:キャットボンド 災害リスクを証券化してリスク分散を図る手法。日本国内の企業としては1999年にオリエンタルランドが発行している(ニッセイ基礎研究所資料による)。
注2:コンティンジェントデット 災害対応型融資枠予約契約のこと。あらかじめ定めた災害リスクが発生した際に、あらかじめ定めた融資枠、債券発行額の範囲で資金調達をする金融対策。
注3:キャプティブ保険 保険事業を持っていない企業が自社および自社グループのリスクのみを引き受ける保険のこと。
注4:ファイナイト保険 保険者が引き受けるリスクが限定的である代わりに、保険契約当事者間で保険利益を分配する保険のこと。


財務影響分析と経営判断

 被害地震が発生すると、通常業務に復帰するまでには多くの時間と多額の資金が必要となります。ところが必要資金を内部調達できず、さらに外部からの調達も難しい場合には現金あるいは現金同等物が不足し、運営資金の枯渇、債務不履行などの可能性があります。そこで、災害時に現金あるいは現金同等物がどれほど不足するのか、どの程度の資金調達を考えておかなければならないか、などを把握するために、財務影響分析があります。

 財務影響分析は、企業にとって最悪となる地震、あるいは頻度が高い地震などを想定し、地震リスクを金銭価値(財物損失額、事業停止期間に伴う営業損失額)として計算します。そして財務3表(貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書)に損害額を取り込み、発災期末の財務3表を予測します。着目点は、資金がショートするか否かですが、その後の経営状況を見越した運営資金の調達判断も必要になります。具体的には流動比率、当座比率、さらに自己資本比率、ROA、ROEなどを見ることになります。また、地震保険や、先に紹介したキャットボンド、コンティンジェットデットなどの金融対策を実施するには、財務影響分析は不可欠となります。

自然災害は“負け戦”、財務諸表に防災投資効果を盛り込んだ判断を

 さて、企業は一定のリスクを受け入れた上で投資を行い、その見返りとして利益を得ます。ところが地震災害は全くの負け戦であり、企業業績や企業価値は確実に低下します。そこで低下する企業価値の幅を少なくすることを目標に、防災投資を行います。防災投資の検討では、「費用対効果はあるのか」などの質問をよく受けますが、企業の財務諸表に、防災投資と防災投資によって低下した地震リスクを取り込むことで、企業活動の将来を見据えた合理的かつ説明性の高い投資判断ができるようになります。

地震対策の優先順位

 地震対策の優先順位を検討する流れを示したのが図3です。まず、ソフト対策は可能な限り実施しておく必要があります。ソフト対策は、費用が比較的掛からず、また従業員の防災意識、当事者意識を高める意味でも重要です。そして、地震が発生した際、自社の状況を正しく把握するために、地震リスクを評価します。その結果、特に事業停止期間が長期になり、“問題あり”と判断される場合には、迷わずハード対策を検討します。ソフト対策だけでは復旧期間を早めることは難しいからです。次に、財務影響分析を実施します。そして、流動比率や当座比率などをにらみつつ、金融対策の方法を含め適切な資金調達の範囲を検討します。なお、必要に応じてハード対策に戻って検討することも重要です。

 企業の経営資源は、基本的には人、ブランド、信用であり、製造業では建屋や製造装置などの有形固定資産が加わります。これらを地震から守るためには、被害そのものが起きないよう、水際で防止できるハード対策は有効な手段となります。一方の金融対策は、リスクを外部に転嫁するもので、人や資産を直接守ることはできず、また事業停止期間を早めることもできません。つまり、金融対策は「ハード対策ではカバーし切れないリスクへの備え」、と位置付けることができます。このように、対策の効果や確実性などを考慮しつつ、図のようなフローにのっとって優先順位を設けることは、現実的で無駄のない防災計画の素地となります。

図3 地震対策の検討フローと優先順位
図3 地震対策の検討フローと優先順位

 ここで、近年関心が高まっている事業継続計画(Business Continuity Planning:BCP)について触れたいと思います。BCPの対象は地震災害だけではありませんが、基本的には、事故や災害時においても重要業務は継続できる、一時的に事業が停止しても早期に再開できる、などを目標に諸策を講じることになります。実効性のあるBCPを策定するには、地震による事業停止期間を精度良く分析することが第一に必要です。その結果から、対策の要否を含めた具体的な対策が検討できるようになります。


参考:BCPについては「BCP」最新記事一覧 - ITmedia Keywordsの記事も参照ください。


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