パーツカタログ担当者が始めた顧客視点のPLM:ちょい先未来案内人に聞く!(3)(3/5 ページ)
洋の東西、老若男女を問わず、モノづくり現場の最前線から、その先を見つめる専門家に焦点を当て、明日のモノづくり環境のビジョンを紹介する。
パーツカタログ作成・公開するために用意した7つの要件
田中氏は、パーツカタログの効果的な作成を実現するための要件を検討し、以下の7点を「重要な要件」とした。この条件に最も適したシステムを採用しようと考えたのだ。
- 上流工程との情報共有を前提とし、設計部門などで利用している3次元CADデータを活用できること
- 3次元データがない場合でも、既存のデータを流用できる
- 複数のデータベースを持たない(複数持つ場合には、連携可能である)こと
- 全社規模での効率改善に結び付く発展性があること
- オフィスソフトやイラスト作成ソフトなど従来のアプリケーションと連携すること
- 多数の事例があり、かつ複数の手法を提案できること
- 作業に即した革新的技術を持ったシステムであること
「これらの要件の中でも、特に重視したのは設計部門で作成した3次元CADのデータを活用して情報共有ができることでした。パーツカタログのために、新規にイラストを作成することなく、3次元CADのデータを活用して工数を大幅に削減し、さらには、属性情報を活用して部品リスト情報とイラストを効率よく連携させることが目的です。また、広く関係者に利用してもらうために、既存のアプリケーション、特に表計算ソフトなどのオフィスソフトと連携できることも重要なポイントになると考えていました」(田中氏)。
田中氏は、上記の仮定条件に当てはまるさまざまな仕組みを模索した結果、3次元CAD図面ビューアとそれを利用したWebパーツカタログ作成・公開システム(Webパーツリストマスター)が最適であると判断した。3次元CADデータそのものを各部門で閲覧するのは、ライセンスや表示環境のスペックなどを考えると非現実的だ。顧客説明時の閲覧や形状確認が目的なら、軽量な3次元CADデータとそれにひも付く属性情報を公開すればよい。実際に営業部門ではノートPC上で3次元CADデータを含むドキュメントをストレスなく動作させている。
「当社が選択したシステムは日本で開発されたものです。サポートを含め、われわれユーザーの視点から、開発や改善要望を直接向かい合って伝えられます」(田中氏)。
また、データの一元管理についても、田中氏はこだわりを持っている。実はやまびこでは、パーツカタログを「PDF」、海外向けの「CD-ROM」、国内向けの「Webパーツカタログ」の3つの手段で提供してきた。それぞれが個別のデータベースを持ち、データが三元管理されていたのである。これでは管理が煩雑になるだけではなく、それぞれのデータの整合性を取ることも困難である。しかし、パーツリストデータの管理ツールを導入することによって、これらの問題も解決することができる。
部門を超えた改革の難しさと解決の糸口
パーツカタログ作成の仕組みを根本的に変えるには、部門を超えたプロセスの改革が必要になる。しかし、パーツリストの管理をExcelに移行するだけでも抵抗があることから分かるように、既存のやり方を変更する際には、必然的に関係者からの反発が起きる。
そんな田中氏をサポートしてくれたのは、新たに物流管理部の部長となった(当時)藤原 広太郎氏であった。パーツカタログへの問題意識の高まりから、検討会が設置されることなり、その事務局長となったのが、藤原氏だ。藤原氏は営業部門での長年の経験から、物流部門における誤発送の問題に着目していた。パーツカタログの内容にミスがあると、顧客、サービスセンター、物流拠点の作業員といった関係者全員が正しく作業をしても、間違った部品が発送されてしまうのである。そのクレームは、何の罪もない物流拠点に寄せられることとなる。しかしその原因は、膨大な量のパーツカタログをバラバラに手作業で作成している作成現場のプロセスにある。
藤原氏のバックアップにより、田中氏は社長ら役員に向けて、現状のパーツカタログの課題、またこれらが引き起こしている顧客からの信頼度の低下、さらに新システム導入によって得られる定性的な効果を説明することとなった。その結果、パーツカタログ作成・公開システムのプロジェクトが、トップダウンで実行されることとなったのである。
田中氏は定量的な効果として、「パーツカタログの誤記・誤読に起因する誤発注の20%削減」「部品準備在庫の最大数量の10〜15%削減」「BOM作成工数の50%削減」「イラスト作成工数の90%削減」などを経営陣に示した。また、関連部署による間接的な効果によって、さらに投資を回収することができると説明した。
「実は、システム導入の7番目の要件として挙げている“革新的な技術”というのは、革新を実感できるインパクトを与えることができる要素を意味しています。関係者を納得させ、便利になったと納得してもらうためには、このインパクトがとても重要になると思っています。3次元CAD図面ビューアによって、3次元CAD環境のない通常のPC上でも視覚的にパーツカタログを閲覧でき、しかも自分で動かすことができたら、すでに問題が解決したような気になるじゃないですか(笑)」(田中氏)。
実際に3次元図面の画像をパワーポイント上で動かしてみたところ、営業部門の担当者からは「プレゼンのときに使える」、生産部門からは「電子帳票を作成したい」といった好反応が得られたそうだ。
また、前述の定量的な効果に加えて、サービス向上による顧客信頼度の維持や、ブランド力強化という定性的な効果が、企業にとっていかに大切であるかを役員層が十分に理解し、トップダウンの判断につなげたことも注目に値する。
ここまでの話の流れは、単にやまびこという企業のパーツカタログを効率よく作成できるシステムが導入されただけで、イノベーションと呼ぶほど大掛かりなものではないと思われた読者も多いのではないだろうか。しかし、田中氏ら関係者の本当の狙いは、このパーツカタログの仕組みを使った関係各所の情報共有と、それに伴うプロセスの改善にある。
実際にWebベースのパーツカタログが公開されたことで、「Web画面からの部品発注ができるようにしてほしい」という要望が寄せられ、現在はパーツリストのマスタデータ管理ツールをベースとした新しい部品発注システムを開発しているという。このシステムが新たに稼働することによって、部品の誤発注はますます低減するだけではなく、既存の電話やFAXといった受注ミスの発生しやすいプロセスの改善にもつながる。また、パーツカタログの信頼度や、発注業務の簡素化によって、顧客からの発注数の増大にもつながると推測される。
やまびこが取り組んでいるWebパーツカタログのシステム構築で、最も注目するべき点は、ID管理によって閲覧権限を分類し、社外ではWebパーツカタログとして、社内では情報共有化のためのPLMのシステムとして発展させようとしていることにある。
「システム構築を始めた当初は、社外向けだけのWebパーツカタログを構築しようとしていました。しかし、さまざまな部門へのヒアリングを繰り返すうちに、実は、どの部署でも少なからずパーツカタログを活用し、自分たちの必要なデータを検索していることが分かりました。パーツカタログは、顧客からの問い合わせ時に活用するだけではなく、企業内部の共通言語的な重要な役割を持っていたのです」(田中氏)。
この事実に気付いた田中氏らプロジェクトメンバーは、システム開発元(日立ハイテク)と仕様変更を繰り返しながら、掲載項目を追加していった。現在では、社内向けの掲載項目は約50にも及ぶ。掲載項目はID管理により項目ごとの閲覧権限を区別しているため、1つのシステムで社内向け、社外向けのサービスが提供できるようになっている。
「各部門での作業を観察していると、さまざまな画面を立ち上げて情報を検索しています。この面倒な検索をWebパーツカタログ上で実現することで、検索時間は大幅に削減され、全体では相当の工数低減につながると予測したのです。また、上層部が期待している定性的効果は、社内にも適応されるのでは、と考えています。横並びに掲載された各部門のデータや3次元データを見ることで、さまざまなデータが各部門に蓄積されていることを知った各部門、各担当者から、自発的な改善提案を打ち上げるシステムへと発展させなければなりません」(田中氏)。
実際、やまびこのWebパーツカタログには、開発部門では必須の図面番号や、設計変更番号、物流部門で必要な通関コードまでが連携して掲載されており、これらを活用した流用部品の検索による金型費用の低減、出荷までの作業時間の短縮など、徐々に効果が表れてきている。また、掲載データは、情報システム部で管理するデータベースから流し込まれるので、情報の変更も容易で、閲覧者はいつも新しい情報を閲覧できる。
「将来的には、このシステム上に、パーツカタログだけでなく、設計時のコンセプトやメモ書き程度の各ドキュメント類、販売後の顧客の声、さらには、買い替え促進資料などを掲載できるように発展させようと考えています。『付け合わせの野菜』だったパーツカタログが、顧客の信頼維持に必要な資料としての役割だけでなく、その製品開発が適切であったかどうかを確認できるシステムへと昇華するのです。上層部も現場も同じ情報を見て判断することで、企業内部の意識改革が加速し、より強い企業へと生まれ変わると確信しています」(田中氏)。
さらに3次元CADデータの活用によるイラスト作成の工数削減は、同様の問題を抱える取扱説明書、組み立て作業手順書、サービスマニュアルなど、ほかのドキュメントでも活用することが可能となる。もちろん、3次元CADデータの活用であることから、イラスト以外にもプレゼン資料などで利用されるアニメーションを作成することも可能である。
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