第2話 「頭ぁ使って便利な道具作れよ」:がんばれ! 新米班長 イトウくん(2)(1/3 ページ)
徹夜作業もむなしく、午前中から遠回しにダメ出しされてしまうイトウくん。そこに新たな問題が発生! ふらふらなのに今夜も徹夜……!?
【これまでのあらすじ】
突然の設計変更で、全てのスケジュールを引き直す羽目になったイトウくん。
各部門の作業進捗のヒアリングに駆けずり回り、状況が把握できたときには、どっぷり夜がふけ……。ただスケジュールを組み直す、ただそれだけの作業のために、楽しみにしていた彼女とのデートの約束もふいにしてしまったイトウくん。覚醒の時はくるのか!?
昨日のどたばた(前回)は、結局深夜までかかって、どうにか片付けることができました。
作業が終わって彼女にメールしてみたものの、返信は、「いっつも約束守れないじゃない。そんな仕事あるの? 本当は仕事じゃないんじゃないの?」などと、いわれのない疑いが掛けられる始末……。
本当なら頑張って弁解したいところですが、睡眠不足だし、心はぽっきり折れそうになっているしで、反論もせずに謝り続けるしかありませんでした。
ひぃひぃいいながらアパートまで戻って布団に入って数時間仮眠を取ることはできましたが、彼女のコトが気になって熟睡できません。結局1時間くらいウトウトしてすぐに出社してしまいました。工場に向かう道すがら、もうちょっとちゃんと彼女に説明すればよかったな、なんてぼんやり考えていましたが、いまはそんなこといってられません。なにせ、昨日作業予定表を作り直してみたら、かなりの変更が必要なことが分かったんです。納期に余裕があったハズのオーダーも、いまとなってはぎりぎりの状態!
これをまた現場の課長に見せたら……。
こんな予定で大丈夫か? こんな予定、できるのか? んー? などと、攻撃されまくる情景が脳裏に浮かんで、ちょっと胃袋がキリキリしてきます。
ひとまず始業時間前に昨日作り直した作業予定表を工場内の現場主任の机に置いて回ろう。
工場の入り口に差し掛かると、いつもどおり、門には守衛さんが立っています。彼はボクが入社するずっと前からここの守衛を務めてきたベテラン。もちろん、門だけでなく社内の巡回も担当していますから、部門や部署の事情には思いのほか精通しています。そう、それはスタッフの出入りで社内の状況が分かるほどに。
きたきた。守衛さんがボクの顔をのぞき込みます。そっとしておいて! と心の中で願ってみたものの、やっぱり声を掛けられました。
「あー、あんまりヨレヨレしているから誰かと思ったよ、イトウ君。今日“も”早いねぇ、またトラブった?」と、なんだか少しうれしそうな表情。そんなに“も”を強調しないでよ。
いえいえ。今日はトラブルじゃなくて、O社の仕様変更対応なんです。現場の課長さんがうるさいんで、怒られる前に今日は先に予定表を机の上に置いて回ろうと思って。
そうですとも。トラブルではありませんよ。ボクは「トラブルじゃなくて」の部分をすこし強調して伝えます。
守衛さんは、それを聞いてか聞かずか、「あぁ、あそこは大変だからなぁ」と、物知り顔でニッと笑ってボクの顔を見つめます。なにかワケアリなのかと不安になるボクの表情を確認するようにすこし間を置いてから、「まぁ、頑張れよ!」とやたら笑顔で励ましの言葉を掛けてくれました。その瞬間ボクはちょっとけげんな顔をしてしまったかもしれません。
まぁ、いろいろくさっても仕方ない、気を取り直して、昨晩印刷しておいた作業予定表を班長の机に置いて回ります。一巡して、誰もいない現場事務所の自販機で缶コーヒーを買ってちょっと休憩。普段はお茶やブラックコーヒーが好きなボクですが、さすがに今朝は脳みそが糖分を欲しています。迷わず、砂糖と練乳たっぷりの激甘をチョイス。一口飲むと、角砂糖数個分の甘みがボクの疲れた心と体に染み込みます。
時計は7時45分。そろそろ作業者が出勤してくるはずです。
一番手は試験課の課長さんでした。
おー、イトウか。早いなぁ……。で、予定表はできたのか?
ハイっ。机の上に。
できるだけさわやかに、メリハリある声で返答します。アサイチでどやされませんように。
そうか、俺より早く来るとは、だんだん仕事が分かってきたなっ!
ボクがハキハキ返事をした成果か、課長のご機嫌はよさそうです(顔は怖いけど)。
「ハイッ!」またも、機敏に返事をしてみます。当然姿勢は「気を付け」で、締まりある姿をアピールですよ。どうかこのまま円満にトークが終わりますように……。
ところでサ。イトウも若いんだからサ、いつまでも現場ぁ歩いて作業の進捗確認なんてしないでさぁ、頭ぁ使って便利な道具作れよ。−−
ん、「便利な道具」……? 頭を使った便利な道具がどういったものか、懸命に脳内類推検索を掛けてみますが、何せ寝不足、何せデート失敗なものですから、大混乱です。こればっかりは機敏な反応ができず、その場で固まってしまいました。もしかしたらテンパって「ぐぅ……」くらいの声が出てしまったかもしれません。
ボクの頭がパンクしそうになって、反応できずにいることを気にするそぶりもなく、課長は話を続けます。
オリャ、若いときはなぁ、そこの黒板に予定書いて、現場の班長に仕掛かったら、斜線を書いてもらって、完了したら塗りつぶしてもらってたんだけどな。まっ、あのころは、いまの数倍の時間かけてモノ作ってたからなぁ。それにこんなに部品なかったしなぁ。こー、モノが複雑になってきたら、いまとなっては現場も今日やった作業を黒板の一覧から探して、塗りつぶしていくなんてことやらせたら、怒るだろうな。俺だったらやらんな。
そういって、事務所の壁に掛けてある黒板をひょいと指さします。黒板に予定表って、工数を考えると書くだけで1日かかりそうだな……。ボクも絶対書きたくないですけど、お願いしたら絶対あなた怒りますよね……。ここだけは心の中で機敏に返事をしておきました。口には絶対に出しませんよ。
「さて」課長は、パンっと手をたたいて、自席に向き直って机の上の予定表を手に取りました。どうやらお仕事モードに切り替えたみたいです。
「どれ、予定見るか」
ちょっと機嫌がいいみたいだ。ボクは「よろしくお願いします」とだけ告げてその場を離れました。
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