第1話 設変はつらいよ:がんばれ! 新米班長 イトウくん(1)
予定変更と調整に振り回される毎日を送るイトウくん。予想外の変更発生でボクのデートはどうなっちゃうの……? がんばれ!! イトウくん
【この物語は……】
生産管理を担当することになった新米班長イトウくんが日々の残業から抜け出すために工夫していく姿を見守り続ける連載です。
製造工程の大幅な改善、コスト・リードタイム半減を目指す、若きイトウくんの汗と涙のサクセスストーリー。イトウくんの努力の日々を彼の独白でつづっていきます。
大手町重工業株式会社 生産本部 生産技術1課のイトウです。入社2年目の配属転換でこの部署に配属となり半年がたちました。
私の部門では、主にプラント用の圧力容器を製造しています。径が2m以上の圧力容器は、ここでは、みんな潜水艦と呼んでいます。外観が確かに、潜水艦に見えなくもないのですが……。
ここで、私は新米班長として新人教育や業務改善、作業の進捗管理を行っています。今日は午後から2年目の後輩に、特殊技能である上向き溶接を指導することになっています。
午前中は午後の指導のための作業要領書を作成して、そこに今日の指導内容のポイントを記載しておく予定です。
出社後、早速今日のテキストを作成しようと朝イチでPCを立ち上げた途端、私の席の向こうに座っている佐藤課長あての電話が……。気にせず書類作成をしようと気を取り直してPCの画面に向いたちょうどその時、
えー、そうですか。こまったなー。分かりました。
という声が耳に入ってきました。気になって課長の方を見ると、課長の顔がたちどころに険しくなっています! ちょっと悪い予感……。
イトウくん、O社向けの潜水艦2台なー、設変で左右の冷却管なー、中央側を下だしに変更だってよ。まったく困ったもんだ。ところで例の潜水艦なー、どこまで仕掛かってるかな?
……悪い予感的中。取り急ぎ、午後の資料作成を諦めて、O社さま向け製品の作業状況を確認します。
課長、例の潜水艦ですけど、材料入庫済みの部品50点以上は仕掛かり中ですよ。どうしましょうか?
どうしましょうもなにも、まずは部品ごとの進捗を確認してだなー。影響する部品については、作業を保留にしてもらって、設計さんから図面出るまで、ほかの作業やってもらうように指示してきてよ。頼んだよ。まー今日は残業だなー、悪いなー。
毎度のことながら、悪いとは思ってないみたいな顔ですよ、課長……。まぁ、自分に全て押し付けずに一緒にやってくれるから悪い上司ではないんだろうけど……。
今日は定時に帰って、彼女とデートの約束をしてるのに。またごめんなさいの電話か。入社直後の研修期間が過ぎてからは毎度こんな感じで、デートはすっぽかしっぱなしです。そろそろ私、フラれてしまうんじゃないだろうか。
同じ会社でも、バルブなどの規格品を作っている部門にいる同期の親友は「今日残業な」などということはあり得ないといっていたし、なんで、私の部門だけこうも突発的に残業があるのか。
悩んでも仕方がないので、「現場行ってきます!」と、取りあえず現地に向かうことにしました。
あ! それから、本日午後からの特殊技能の指導はキャンセルですよね。課長から彼に伝えてもらえますか?
おぅ。じゃぁ、伝えておくぞ。
さて、現場の入り口から、通路沿いにある、入庫済み部品から確認していきます。まだ、ここにあるものは影響がないので、ここにたくさん残っていれば、と祈るような気持ちで、O社向けの伝票が付いている部品を探し、持参してきた発注依頼品一覧表と照合していきます。
確認作業開始からかれこれ3時間。ようやく全体像が把握できました。
幸い、150点近い部品のうち、まだここに半数以上あるようです(よかったー)。でも、半数は既に現場を流れていますから、これからが大変です。各製造課の班長を捜し、1点ごとの作業の進捗を確認します。
で、この進捗の確認に3時間半……。まだ、設計から設変対応した図面は出てきていませんが、影響しそうな部品の作業は、全て中断してもらい、指示待ちのお願いをします。1日工場をまわって、最後に試験課に向かいます。
時計をみるともう16時!!! 急がなくちゃ!
と、思っていると、何やら刺すような視線がチクチクと肌に刺さります。向こうから試験課の島津課長がこちらをニラんでいるではありませんか……。また怒られるのかなぁ……とゲンナリする間もなく、いかり肩の課長がこちらに向かってきます。
イトウ!! お前ここに来るのが遅いんだよ。まったく、設変の時には後工程からまわれって、この前教えただろう。昼飯時に設変があるようだとは聞いていたんで、待ってたんだぞ。さて、設変の資料を早く見せろ。
課長は私の資料を半ば奪うように取り上げ、じっと眺めます。
ひぃぃ。
もう、私は泣きそうです。
あー、ここかぁ、はぁ。既にユニットまでできている部分は、昨日から検査もしてるぞー! 取りあえず、今日はもう、やめさせておくからなっ。これを止めるんだったら、明日からの作業予定、朝イチに俺ん所に持ってこいよ!
ひぃぃ。
現場の課長には逆らえませんが……。
各現場の課長みんなから、明日の朝イチに作業予定を持ってこいといわれてもムリですよ……。私ばっかり怒られるし……。
嘆いても仕方がない。もう定時を過ぎているけど、これから事務所で全体の影響を確認しながら、作業予定を再度作成しなければなりません。残業どころか徹夜になりそうです。
こんな時に、画面を見れば進捗が一目で判断できたり、影響する作業を中断や保留の状態に簡単に設定すれば、それが自動的に作業現場に作業予定として提示できるような仕組みがあればなぁ。
……と、いつも思うんですが、規格品を製造している現場には、そのような仕組みとシステムがあるんですけど、なぜか私の現場にはありません。
確かに作業手順もコロコロ変わるし、工数も図面を見ながら各現場の班長さんに工数見積もりをお願いしないと分からないし、いわゆる「生産管理」を行う前提がこの職場にはないのかもしれません。事務所に帰って早速作業予定表を書き直しです。
しまった、彼女に電話してない。待ち合わせの時間ぎりぎりだー!
……と気付いたときには後の祭り。もちろん、イトウくんは最愛の彼女とのデートはかなわず。ひとり徹夜で各班長向けの作業予定書を作成し続けたのでした。
設変が発生するたびに、恋の花がちりそうな嫌な予感を感じながらも、イトウくんの試練は続く!
筆者紹介
株式会社シムトップス
シニアソリューションアーキテクト
伊藤 昭仁(いとう あきひと)
個別受注生産の製造業向けの生産スケジューラ/工程管理システムの導入前の提案からシステム導入後の立ち上げサポートまで、広範囲の業務に従事。
国内主要自動車メーカの金型部門、工機部門、試作部門、半導体製造装置から原子力、火力、水力発電の設備や石油精製設備などのプラント設備まで、幅広い個別受注タイプの生産工場へ100社以上のシステム導入経験を持つ。
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