設計のねじれプロセスを正しCAEの浮島を築く:MONOistゼミ レポート(4)(1/2 ページ)
解析部門と設計部門との間に置く“浮島”における最重要キー“仮想実験室”に、PCクラスターのパワーは不可欠である
@IT MONOist編集部は2010年8月4日、「@IT MONOistゼミナール PCクラスタを活かせば、設計CAEはもっと進化する!」(定員30名)を東京・大手町のアイティメディア内で開催した。今回のテーマは、「設計者向けCAEの取り組みとPCクラスタの導入」。今回は基調講演や特別講演と区切らず、「〜限目」と学校の授業風に区切ってセッションを展開した。
今回の記事では、各セッションの概要について紹介していく。そして次回は、ゼミナールのラストに行われたパネルディスカッションの模様をお届けする。
当日配布されなかった栗崎氏の講演資料は、2ページ目の記事末でダウンロードできます。
基調講演
1限目『自動車開発のデジタル化はシミュレーションが主役』
講師:デジタルプロセス 常務取締役 加藤 廣氏
加藤氏は、日産自動車(以下、日産)に30年間勤務し、CAD/CAM/CAE関連業務に携わった後、当時は日産の子会社(現在は富士通子会社)だったデジタルプロセス(以下、DIPRO)に移籍した。このセッションでは、同氏が長年過ごした日産の「V-3P」プロジェクトの概要を交えながら、最近の解析事例や設計・製造現場が抱えている問題について伝えた。
V-3P(Value Up for Product, Process and Program Innovation)は、日産における開発のためのデジタルプロセスで、従来は実機を用いた実験で行ってきた検証のほとんどをバーチャルで行い、日産のコンパクトカー「ノート」の開発期間を 10.5カ月まで縮めた話は有名でメディアでも話題となった。
V-3Pでも積極的に取り入れられているCAEの解析結果は、実験結果と比較して、その誤差は非常に少ないとのこと。しかも、ここで使われるのは、パーツの概念や構想を表したデータで、詳細に作り込んだ設計モデルではない。詳細モデルの計算結果と比較しても、その誤差は数%程度しかないという。解析技術のレベルはここまで進化した、というわけだ。
しかし、やはりこれは設計者ではなく、ほぼすべてが解析専任者による実績であるのが現状。そこへ設計者を巻き込んでいくには、CAE環境の整備が肝心だと加藤氏は説明した。その要件として、ウィザードの作成、作業の自動化、手順の標準化(テンプレート化)などを挙げた。そんな環境整備には、やはり解析専任者たちの力が大いに必要とのことだ。
また同氏は設計者の行う最適化設計、解析専任者が行う実験の代替的なCAEや研究CAE、いずれにおいてもPCクラスタの高い計算能力は不可欠だと述べた。
2限目『設計者に本当に役にたつCAEとHPC』
講師:エムエスシーソフトウェア(以下、MSC) 代表取締役社長 加藤 毅彦氏
加藤氏は、「設計開発におけるシミュレーション4段活用」に触れつつ、PCクラスタの性能と解析アプリケーションとの関係について詳しく説明した(シミュレーション4段活用については「HPCでモノづくり敗戦状態から脱出せよ」を参照のこと)。また設計部門へCAEを展開するに当たり、どのような方向性が考えられるかも述べた。
30年前の解析は概念モデルを用いて行っていたが、3次元CADが登場してから、解析の世界は形状ありきになってしまったと加藤氏は述べた。だが、先のDIPROの加藤氏の講演にもあったとおり、概念モデルでも十分な精度で解析可能である。
CADで形状を決定する前に、概念CAEモデルで、PCクラスタの並列性を利用して実験計画法やモンテカルロ法を駆使し設計空間全体にわたったパラメータスタディにより性能、機能、品質などを徹底的に検証し尽くしてしまい、それを3次元CADの形状決定に反映させる、それがMSC加藤氏の唱える「概念CAE」だ。
今日のHPCやPCクラスタの性能は非常に高度になったが、CAEプロセスは昔とそれほど変わってないと加藤氏は指摘する。
加藤氏は、インテルのNehalem-EX搭載の4ソケットサーバは、いまから約20年前に発売されたクレイ製スーパーコンピュータ「C916」の2台分と性能が同等であると説明した。ただ、ここで注意したいことが1つある。
以下のスライドは、内積計算における性能比較である。
ピーク性能は、ほぼ同等である。しかしスカラコンピュータ(Nehalem-EX、シングルコアプロセッサ)は行列規模が1500×1500のフルマトリクスを超えると、性能が落ちてしまっている。これはキャッシュがあふれているからだという。「昔のスカラコンピュータは、10分の1程度まで性能が落ちてしまいましたが、現在のスーパースカラは半分ぐらいにおさまっています」(加藤氏)。
小中規模な行列の範囲なら同等であるが、クロック周波数を比較するとスカラは2.4GHz、ベクトルは250MHzと、ベクトルコンピュータの方がはるかに効率がいい。
しかしベクトルコンピュータは、現状ではほとんど生産されておらず、流通するほとんどがスーパースカラ型。よってスカラ型の特性やくせを把握し、うまく活用することが重要となる。概念CAEのような小規模解析は1つの解析をシングルもしくは少数のコアに割り振り大量の解析を並列に同時実行し、詳細設計や試作段階の詳細CAEでは1つの大規模解析を多数のコアやノードに割り振ることによりキャッシュがあふれることを防ぎながら、並列処理により演算時間の大幅短縮を図る……というようなことを組み合わせることによりPCクラスタの特性を十分に生かすことが可能になる。
しかしながら解析当たりのコア数やノード数もやみ雲に増やせばいいわけではなく、ある程度増えてくると仕事をサボるコアやノードも出てくる。この講演では適切なコア数やノード数の組み合わせを把握することの重要性を非線形構造解析ソフトMARCの領域分割法を用いた事例により示した。
このようなHPCの能力を把握するのは設計者よりもCAEの専門家たる解析専任者の範囲。まず解析専任者も設計開発におけるCAEの4段活用の利点をよく理解し、経験とHPCの能力を最大限に生かした環境や解析プロセスを構築し、それを解析テンプレートとして用意し、設計者はそれを利用するようにする。
加藤氏は、CAEプロセスの中で活用できる3次元ビューア「VCollab」も紹介した。この件については、パネルディスカッションでも紹介されたので、次回記事で触れる。
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