グローバル企業の公用語S&OPの普及に向けて: セールス&オペレーションズ・プランニングの方法論(6)(3/3 ページ)
本連載では、第1回でS&OPプロセスの概要をご紹介し、第2回以降4回にわたって、経営者が直面する重要な経営課題を取り上げ、その有効なソリューションとしてのS&OPについて紹介してきました。本稿では、本連載のまとめと、日本企業へのS&OPの普及に向けたヒントを考えてみることにしましょう。
日本企業に定着した欧米発のマネジメント・コンセプトから何を学ぶか
欧米発のマネジメント・コンセプトで、市民権を得たコンセプト(厳密にいえば「得たように見える」だが)であるERP(企業資源計画;統合基幹業務)とBSC(バランスト・スコアカード)について参照してみましょう。 ここではそれぞれその普及のドライバーとなった要素をレビューし、S&OPの普及に向けた施策の参考としてみることにします。皆さんもご自身の過去の経験と照らしてみてください。
項目 | ERP | BSC |
---|---|---|
コンセプトの提唱時期 | 1994年ころ(MRPは1960年代、MRP IIは1980年代) | 1992年 |
日本における普及状況 | 40%台(本連載第3回参照:41.3%) | 10%台(参考文献1:11.3%) |
ドライバーとなった要素 | 「推進力」 ・SAP、オラクルなどグローバルなパッケージベンダの推進力 ・パッケージベンダのパートナーとしてのシステムインテグレータの推進力 |
「コンセプト力」 ・従来の業績評価手法との違いとして「4つの視点」 ・戦略の見える化を助けるツールとしての「戦略マップ」 |
日本における課題 | ・パッケージ先行で、ERPコンセプトが置き去りにされ、財務偏重で、統合化は未達成 | ・戦略マップのテンプレートに引きずられた表面的な適用にとどまり、戦略マネジメントシステムとしては根付いていない |
表2 欧米発ERPとBSC普及のドライバー |
表2に示すように、ERPの場合には、ERPパッケージベンダとパートナーと呼ばれるシステムインテグレータの「推進力」がその普及のドライバーとなり、BSCの場合には、4つの視点(財務の視点、顧客の視点、業務プロセスの視点、学習と成長の視点)と戦略マップという従来とは異なった「コンセプト力」が普及のドライバーとなったと考えられます。
S&OPの普及のドライバー
では、依然として多くの日本企業にとっては新たなコンセプトであるS&OPの普及のドライバーとして何を持ってくればいいのでしょうか。
1)コンセプト力 従来の製販調整会議とは明確に異なる目を引くコンセプトを全面に出して啓発すること。
2)グローバル企業の成功事例
S&OPの導入メリットが大きいセグメントとして、グローバル・ビジネスをターゲットとし、企業成功事例を作り出し、発信すること。
3)推進力
グローバル企業から構成されるS&OPの学習の場を創設すること、またS&OP支援ツールを提供するITベンダの推進力を活用すること。
S&OP−Japan研究会から得た普及のヒント
筆者らは、昨年暮れに、S&OPに関する情報共有の場として、外資系のグローバルS&OPユーザー、日系のグローバル企業そして、需給マネジメント、経営戦略、財務管理などS&OPのサブ・プロセスにかかわる有識者らから構成される「S&OP−Japan研究会」を立ち上げました。
現在はそのフェイズ1として、S&OPの理解と、日本企業に普及させるためのアクション・プランを検討すべく、S&OPのサブ・プロセスごとに討議を重ねてきている最中ですが、これらの機会を通じて、筆者が考えるS&OPの普及に向けたポイントについて紹介しましょう。
1)トップの的確な理解とリーダーシップ=S&OPオーナー
S&OPはバリューチェーン全体をカバーする戦術レベルのマネジメントプロセスであり、ビジネス・ユニットのトップマネジメントの理解とリーダーシップがなければ始まりませんし、継続することもできません。
2)S&OPアーキテクト(設計者)の養成=S&OPファシリテーター
S&OPはクロス・ファンクショナルなプロセスです。そのため、S&OPプロセス全体を設計するアーキテクトが必要となります。このため、S&OPのマネジメントシステム全体における位置付けと粒度を理解したS&OPアーキテクト(設計者)の養成が不可欠です。
そして、グローバルS&OPプロセスの設計プロジェクトには、重要なグローバル拠点のメンバーの参画が重要となります。
3)S&OPプロセスの教育
S&OPをグローバルに展開している外資系製造業の日本のS&OP担当者と話をすると、グローバルS&OPといっても、担当しているローカルな需要マネジメントなど限られた機能を担当する場合、S&OPの目的と全体像を理解しなければ、S&OPを導入しているとはいっても、需要予測データをグローバル本部に提供することとしか理解できなくなってしまうという危険があることが分かりました。
これは、いきなり形骸(けいがい)化という暗いトンネルの入り口に立つことを意味します。S&OPはクロス・ファンクショナルなプロセスです。各サブ・プロセスの参加者であっても、S&OPのコンセプトとプロセスの全容、そしてその中における自身の位置付けと役割を理解する必要があり、そのためには、S&OPの教育が不可欠となります。
4)シンプルなS&OPプロセスの構築を心掛ける
本連載の第1回で紹介した「S&OPの5ステップモデル」といった、各サブ・プロセスの標準的なS&OPプロセスにこだわる必要はありません。ローカルおよびグローバルな会議のタイミング、インターネットなど会議の運営方法の工夫、そしてITの支援ツールの積極的な活用、に加えてS&OPプロセスを継続的に改善することが重要です。
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これで、全6回にわたった連載を終了します。本連載をお読みいただきありがとうございました。本連載を通じて、皆さんがS&OPの概要に触れ、必要に応じて、自組織への適用を検討されるきっかけとなれば幸いです。
参考文献
- 南雲岳彦「銀行における戦略・内部統制システム強化とBSC」『企業会計』(中央経済社、2003年5月)
- 森口毅彦「わが国企業におけるバランスト・スコアカードの導入目的と役割期待」『経理研究』第53号(中央大学経理研究所、2010年2月)
より詳しくS&OPを学ぶための参考文献
S&OPが1988年に提唱されてから20年余りが経過しますが、ここ5年間ほど、グローバル化の進展などから、英語圏ではS&OP関連書籍が増えてきています。日本語でS&OPを包括的に取りまとめた書籍としては、拙著『S&OP入門 グローバル競争に勝ち抜くための7つのパワー』日刊工業新聞社、2009年6月があります。
筆者紹介
松原 恭司郎
キュー・エム・コンサルティング有限会社 取締役社長
公認会計士/情報処理システム監査技術者
現在、中央大学専門職大学院(国際会計研究科)特任教授、東北福祉大学(総合マネジメント学部)兼任講師、BSCフォーラム会長、ERP究推進フォーラムアドバイザーなどを務める。
国際会計事務所系コンサルティング会社などを経て1992年より現職。バランス・スコアカードを活用した戦略マネジメントと業績管理、ERP、S&OP関連のコンサルティング業務に従事。
S&OP/ERP/MRP?関連の著訳書に、『S&OP入門』、『図解ERPの導入』、『キーワードでわかるSCM・ERP事典』(編著)、オリバー・ワイト著『MRP?は経営に役立つか』(訳)、アンドレ・マーチン著『実務DRP』(訳)日刊工業新聞社などがある。またBSC関連の著訳書に、『バランス・スコアカード経営』’00日刊工業新聞社、ニーブン著『ステップ・バイ・ステップ バランス・スコアカード経営』(訳)’04、『バランス・スコアカード経営実践マニュアル』(共編著)’04、『税理士の戦略マップ』(共編著)’07中央経済社などがある。
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