検索
連載

中国生産に向けて日系企業が考えるべき法的課題とはモノづくり最前線レポート(20)(1/3 ページ)

中国生産に向けて日系企業が考えるべき問題とは? 労働法や現地サプライヤとの契約問題などについて専門家に聞く

PC用表示 関連情報
Share
Tweet
LINE
Hatena

いまや「世界の工場」といわれる中国。日系企業はいままでも、欧州や米国、東南アジアなど、世界各地で生産に取り組んできた経験があるが、中国ではどのようだろうか。中国国内の法的事情や慣習を専門家に聞く。(編集部)

中国進出、関連記事一覧

記事(1):中小企業が中国進出するときの必勝法/怪しい話を見分けるコツ

記事(2):変わる中国拠点の立ち位置〜ローカライズ拠点からグローバル拠点へ

記事(3):日系製造業 中国進出の歩みと変化



中国進出前に知っておくべき中国の国内事情

 連載記事「いま知っておくべき中国の製造業事情」で紹介しているように、日本企業の中国進出が盛んになって久しい。連載記事にあるとおり、安価な労働力を求めての進出から、製造・販売を現地で行うといった「現地化」が進んでいる。

 例えば、自動車メーカーでは、グローバル生産から一歩進んで販売市場としての中国(やインドなど)を重視しつつある。

 一例として、ホンダは1999年から広州で「広州ホンダ」を立ち上げ、「アコード」をはじめとした四輪車の生産・販売を行っている。二輪車に関しては、同社と現地企業の合弁会社である新大洲ホンダと五羊ホンダが中国国内向け商品の生産・販売を行っており、ここを拠点に世界中に製品を出荷している。現地スタッフやサプライヤへの技術指導も行っており、現地企業を育てていくスタンスを取っている。

 日本を本拠地とする企業であっても、グローバルで生産・販売を考えた場合には現地で工場を構え、物流から生産、その管理や販売、アフターサービスを含めて現地スタッフの協力を得なくてはならない。こと人口が多く、経済発展が見込まれる中国大陸は各社にとって魅力的な市場であり、かつ生産拠点となっている。

 一方で、よく聞かれるのが、日本的な労働の観念が通用しないなどの文化的差異や、労働環境に対する不満を背景としたトラブルの頻発である。ひとたびストライキが発生すれば、事態が収束するまで生産がストップしてしまう。企業にとって、これは非常に大きなリスクだ。公には出てこないものの、各所で現地スタッフと日本人スタッフとの間の亀裂をきっかけとした労働争議が頻発していると聞く。グローバル企業として各国の法を順守した形で現地スタッフと協調していくには、文化やルールの差異を理解していくことが絶対的に必要だ。また、現地サプライヤとの契約上の問題にも留意しなくてはならない。

 @IT MONOist編集部では、中国の労働者法に詳しいスクワイヤ・サンダース&デンプシーL.L.P. 上海オフィスのJia Weiheng(ジャー・ウェイハン)氏に話を聞く機会を得た。ここではJia氏の元に寄せられるトラブル事例から、これらの問題を考えていきたい。

◇ ◇ ◇

労働争議はなぜ頻発するのか:訴訟提起とデザートの値段

――中国はこの10年ほど「世界の工場」といわれるように、数々のメーカーが製造拠点を置いてきました。これにより、中国国内では大量の雇用が創出されてきたことと思います。しかし、一方で、中国国内に工場を置く企業が増えるにつれ、労働争議の問題が頻発している、という話を聞きます。これはどのようなことが原因になっているのでしょう?

 確かに、規模の大小はあれ、労働争議が起こりやすくなっているようです。これには、いくつかの要因が挙げられるでしょう。

 第1に、労働者側が自身の権利に対する意識を持ち始めていることです。このこと自体は非常にいいことですし、権利を主張すること自体は当たり前のことです。過去、中国では共産主義体制の下で労働してきました。ごく乱暴に表現するなら、個人の権利などは共同主義の中であまり発達してこなかったといえるでしょう。ところが、改革・解放を機に自由主義や自由主義経済が一気に中国国内に流入しました。同時に個人の権利を主張する、という発想が浸透し始めたのです。

 第2に、2008年に施行された労働契約法の存在があります。この法律はそもそも労働者の保護にウェイトが置かれています。というのも、2007年に発生した「山西省奴隷労働者事件(注)」の衝撃がこの法の策定の背景にあるからです。

 この事件は非常に悪質であったため、法律を策定する際には、非常に労働者の保護の側面が強い法律となっています。これには専門家の間でも問題があるのではないか、という意見も出ています。企業側のリスクが非常に大きく、アンバランスな部分があるからです。

 第3に、訴訟コストが非常に安価なことが挙げられます。労働者が雇用主を訴える場合、訴訟に掛かる費用はたったの10元です――先ほどわたしが食後のデザートに、と買ってきたアイスクリームの値段が8元です。10元というのがどれほど手軽な金額かはこれでお分かりになるでしょう。

 訴訟する側からすれば、お菓子を買うのと変わらない金額で企業を訴えることができる。万一、勝訴すれば賠償金を得ることができるわけですから、語弊のあるいい方ですが、それこそ宝くじのように思う人がいてもおかしくはありません。生産調整でリストラに遭ったことをきっかけに企業に反感を持ったとか、待遇が悪いと思ったとか、そういった動機があれば、訴訟を起こされる可能性が非常に高いのが現状です。

 日系企業は労働者に対する対応が比較的良い印象ですが、まったく訴訟トラブルがないわけではありません。わたしの元に寄せられる案件では、残業代の支払いに関する問題が多いようです。

 残業代の支払い訴訟では、各工場、事業所でしっかりとした勤怠管理システムが使われていない場合が多いため、企業側に求められる立証責任をクリアすることが非常に難しい場合が多いのです。そもそも中国では人件費が安いことを重視した運用が行われていることが多いため、人員管理に対しても高価な設備投資を怠っている企業もあります。こうしたケースでは、企業側は訴訟対策コストに加えて賠償金の支払いにも応じなくてはならなくなり、大きなリスクとなっていると感じます。


注:山西省の炭鉱・レンガ工場で、誘拐した児童や知的障害者を労働者として強制的に酷使し虐待した事件。労働者に自由が与えられず、奴隷同等の扱いをしていたとされ、事件発覚当時は社会問題として大きな話題となった。


       | 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る