人の命を預かるブレーキってどうなっているの?:いまさら聞けない シャシー設計入門(7)(3/3 ページ)
転する人の命を預かるブレーキには、さまざまな工夫や安全対策が施されている。今回は油圧式ディスクブレーキに焦点を絞った。
一般車で主に採用されている真空制動倍力装置の仕組みについて、簡単にいうと、作動時のポイントになるのが圧力差を用いるという点です。
*詳細な作動説明は現物を確認しながらでも混乱するほど複雑ですので、ここでは割愛します。
図3のA室はエンジンの吸入負圧によって真空となっており、ブレーキペダルを踏んでいないときはB室も同様に真空となっています。この状態からブレーキペダルを踏み込むと、A室に大気が流入して圧力差が生じます。
この圧力差によって普通にブレーキペダルを踏むだけで通常の数倍もの踏力に変換され、安心して車を停止させることが可能となります。マスターパワーがどれほどブレーキを補助してくれているのかは、エンジンを停止した状態でブレーキを踏めば分かります。
マスターパワーなしの状態を確認するには、エンジン停止後にブレーキを数回踏み込む必要があります。エンジンが停止しても2〜3回はマスターパワーが機能した状態で、ペダルを踏み込むことができるだけの真空容量を確保しているためです。エンジンが何らかのトラブルで停止してしまった時点からブレーキが効かないというのは非常に危険です。*走行中にエンジンを停止させることは大変危険ですので、駐車状態で確認しましょう。
これで、いつもは奥までブレーキペダルが踏み込めるのに、マスターパワーが機能していないだけでほとんどブレーキペダルが踏み込めない(固い)ことがすぐに確認できるはずです。特別な動力を用いて補助しているわけではないのに、真空と大気圧との圧力差だけでここまで変化するのか!? と驚かされますね。この仕組みはブレーキ装置だけでなく、ほかの機構にもいろいろと応用できそうに思います。
マスターシリンダとブレーキフルード
次にマスターシリンダとブレーキフルードについて説明します。マスターパワーによって変換された強い突出力はマスターシリンダへと入力されます。
マスターシリンダ内部はブレーキフルードで満たされており、油圧を発生させるためにピストンカップが複数個用意されています。マスターシリンダを簡単にイメージできる物に例えるなら「注射器」でしょう。
ピストンが押されることでピストンカップは気密性を保ちながらブレーキフルードを押し出し、マスターシリンダの送出口から各輪に設けられたブレーキ装置へと油圧が伝達されます。
一般的なマスターシリンダは「タンデムマスターシリンダ」という構造をしています。これは送出口が2つあることを意味します。2つある理由というのは、万が一どこかのブレーキ系統に故障が生じ、ブレーキフルードが漏れてしまって油圧が発生しなくなった際に、4輪中2輪はブレーキが機能するように安全確保をするためです。
この2系統は「前輪と後輪」もしくは「右前輪&左後輪と左前輪&右後輪」のどちらかに設計時に任意で分けられています。
油圧を各輪のブレーキ系統へ伝達するために、冒頭で説明したブレーキフルードが用いられているわけですが、制動力に直結する油圧の伝達効率を考えると絶対にブレーキフルード内部には気泡が交じってはいけません。
気泡が交じることは油圧低下の原因になることはすでに説明した通りですが、普通にブレーキフルードを注入および交換をしただけではどうしても気泡は交じります。そのため、ブレーキフルードを交換する際は「真空引き」と呼ばれる作業や直接ブレーキペダルを踏み込みながら行う「エア抜き」と呼ばれる作業が必要不可欠となります。
またブレーキフルードは非常に吸湿性が高いため、定期的に交換をしなければ沸点の低下やブレーキタッチの悪化などが起こりますので注意が必要です。新品のブレーキフルードは蜂蜜(はちみつ)色や薄茶色ですが、劣化したブレーキフルードは濃茶色っぽく変化しますので、見た目でも劣化しているかどうかを判断することが可能です。
ブレーキ装置の構成部品を簡単に説明しようとしても、本当にさまざまな工夫や安全対策が施されており、かなりのボリュームになります。
今回はブレーキペダルを踏み込むことで油圧が各ブレーキ装置に伝達されるまで説明しました。次回は伝達された油圧によって実際に制動を行うまでを引き続き説明したいと思います。それでは次回もお楽しみに! (次回に続く)
Profile
カーライフプロデューサー テル
1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。
*** 一部省略されたコンテンツがあります。PC版でご覧ください。 ***
関連記事
- ピストンが傷だらけなのにも、理由がある
「新品やのにめっちゃ傷だらけっすよ!」「あほか!」――ピストンやシリンダにわざわざスジを入れる理由をきちんと理解している? - 本田宗一郎も苦戦したピストンリングの設計
ピストンリングは一見ただのリングだが、エンジン性能を高めるためのたくさんのノウハウが詰まっていて、設計の難易度も高い。 - 縦置き直6サイコー!? シリンダ(気筒)の基本
直列4気筒やV型6気筒のメリットは、どんなことだろうか。またBMWがあえて、直列6気筒にこだわってきた理由とは? - NSXはチタン製コンロッド採用でエンジン性能UP
特殊鋼と同等の強度を持ち、さらに鉄の60%という軽さを持つチタンが理想的な素材としてコンロッドに採用されることがある。 - クランクシャフトはオイルクリアランスに要注意
クランクシャフトのベアリングが焼き付かないよう、メタル嵌合(かんごう)により適切なオイルクリアランスに追い込む。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.