ぬかるみで片輪が空回り! デフのおせっかい:いまさら聞けない シャシー設計入門(5)(3/3 ページ)
左右のタイヤの回転数を上手に振り分けるディファレンシャル。でも路面抵抗が極端に低い状態になると?
差動について、よく考えてみよう
かなり混乱してきたと思いますので、イメージしやすいようにここでは数字を交えて説明してみましょう。
まずリングギアに500回転が入力されたとします。これはすなわち、ディファレンシャルケースとピニオンシャフト、ピニオン(公転)の回転数です。
ピニオンが500回転で公転してサイドギアを歯面で押そうとしますが、右サイドギアは抵抗が大きくて400回転しかしませんでした。このときに余った100回転分の力はピニオンの自転に変換され、左サイドギアを駆動(増速)させる力になります。
その100回転分の力が、ピニオンの500回転を後押しすることになるので、
500(公転分)+100(ピニオン自転分)=600回転(合力)
となります。
最終的に内側タイヤ(右)は400回転、外側タイヤ(左)は600回転となり、見事に差動が行われたことになりますね。
これが「差動」の基本原理となります。少しイメージしにくいと思いますが、何度も頭の中で動力伝達を順番に行ってみると理解できると思います。
デフのおせっかいをカバーするLSD
さてこのディファレンシャルですが、非常に大きな問題点があります。それは「左右の路面抵抗が極端に大きい場合」です。つまり片輪だけぬかるみにはまってしまったような場合ですね。
このとき、ピニオンは抵抗が大きい方のサイドギアを押そうとしても抵抗が全くない方のサイドギアに全て力が逃げてしまい、ぬかるみにはまってしまったタイヤだけが空転してしまうことになります。先ほどの例でいえば、片側が0回転でもう片方が1000回転ということです。電気でいえば10MΩ(オーム)と0Ωの分岐点があると、0Ωの方へ全ての電気が流れてしまうのと同じです。
この問題を解決するために開発されたのが「リミテッドスリップデフ」であり、通称「LSD(Limited Slip Differential、差動制限型ディファレンシャル)」と呼ばれている物です。
名称からすぐに特徴を想像できると思いますが、要は差動に制限を設けることでぬかるみなどにはまってしまっても空転しないように工夫されたディファレンシャルです。抵抗が全くなくなってしまわないように、差動を行うために最低限必要な抵抗を設けているということです。
差動に制限を設ける方法は非常に多く開発されていますので全てを紹介することはできませんが、一般的に普及しているものだけ簡単にピックアップしておきましょう。
【ビスカスLSD】(回転数感応式)
一般的な自動車に最も多く用いられているLSDで、ディファレンシャル内部に、粘度が非常に高いシリコンオイルを封入することで、万が一空転してしまってもシリコンオイルの流体抵抗を発生させることで反対側のタイヤにもトルク配分させる方式です。流体抵抗によって抵抗を発生させるという点では、ATに用いられる「トルクコンバータ(トルコン)」をイメージしていただければ分かりやすいと思います。差動制限トルクの特性がマイルドなので、FF(Front-engine, Front-wheel drive layout)車に使用しても車の挙動に対する違和感を覚えにくい反面、スポーツ走行などにはあまり向いていません。
ビスカス:シリコンオイルの粘性による流体抵抗を利用して動力を伝達する
【トルセンLSD】(トルク感応式)
スポーツカーなどで最も多く用いられているLSDで、「トルクセンシング(トルク感応)」という言葉を略して「トルセン」と呼ばれています。見た目は非常に複雑で、ディファレンシャルケース内にビッシリとギアが組み込まれているいかにもメカニカルな雰囲気を漂わせる構造となっています。内部構造の差によって「トルセンAタイプ」と「トルセンBタイプ」とに分かれていますが、ともに内部に設けられたギアが回転してかみあう際に発生する歯面摩擦力や、斜めに切られたギアがかみあうことで発生するスラスト力によって生じる端面摩擦トルクなどで、差動制限トルクを発生させます。簡単に説明するつもりで文章を並べてみても、非常に難しそうに感じるLSDですね。入力トルクに応じて差動制限を行うため、スポーツ走行に向いています。
【湿式多板式LSD】(通称・機械式LSD)
2輪車などに使用される湿式多板クラッチの要領で作動制限を行うLSDです。内部の圧着力の調整次第で理論的には無制限の差動制限力がありますが、定期的なメンテナンスを行わないと差動制限力が低下するデメリットを抱えています。主にレーシングカーやオフロード車に用いられます。
LSDは非常に便利な物ですし、スポーツ走行などでは必要不可欠といっても過言ではないほど重要な部品です。例えば急ブレーキから急旋回を行うと、車に強力な遠心力が働くため車体が大きく傾き、最終的に内側タイヤがほんの少し浮いたような状態(インリフト)が発生することがあります。内側のタイヤが浮くということは抵抗がゼロになりますので、旋回中にアクセルを踏んでも、浮いている内側タイヤばかりが空転して全く前進しない状態になります。内側タイヤが空転したままで車速が落ちていき、やがてタイヤが接地すると左右のタイヤの回転数が大きく違っているため車の挙動が乱れてしまいますね。これを防ぐためにもLSD(特にトルク感応型)は非常に有効です。
ほかの視点で見ると、「LSD」=「差動を制限する」わけですから、車がふら付きにくいともいえます。高速走行中に急ブレーキを踏んでも、LSDによって差動を制限され非常に安定した車両姿勢を保つことができます。しかし逆にいえば、差動を制限し過ぎると、車が旋回しにくい(差動しにくいため)ことになりますので注意が必要です。
当たり前な問題にも向き合って
LSDの開発は車における大きな革命といえます。
その原点は、
「左右輪の抵抗差が過大になると前に進めない」
というディファレンシャルの問題点への着目でした。
しかしそれは、考え方によっては、「当たり前。そういうものだ」と、ついスルーされてしまいがちな問題でもありました。
「当たり前な問題だけれど、何とかして克服するためにはどうするべきか?」という観点で、終わることない新技術開発が続いていくことをこれからも期待しています。
次回は「4WD(トランスファ)」について詳しく解説する予定ですのでお楽しみに! (次回に続く)
Profile
カーライフプロデューサー テル
1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。
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