モノづくりシステムのROIがよくない5つの理由:戦略構築のためのライフサイクル管理論(2)(3/3 ページ)
自社の製品開発戦略をしっかり把握しているでしょうか? 製品開発・生産技術の効率化を追求していたとしても、しっかりとした戦略とマネジメント意識がなければ意味がありません。本連載では、マネジメント技術としてのライフサイクル管理を考えていきます。
理由5:ビジネスモデルとしてのプロダクト・ライフサイクル・マネジメントが認識されていない
では、PLMシステムが実現すべき「あるべき姿」とは何でしょうか?
この定義が不十分なままPLMシステムの構築に着手し、結果的にPLMシステムの効果を享受できていないプロジェクトを多く見掛けます。
PLMシステムは何を実現するものかというと、それは「コンカレントエンジニアリング環境の実現」です。
コンカレントエンジニアリング環境とは設計から生産に至る製品開発のライフサイクルに携わっている部門や担当者に対し、製品開発情報を共有し、各工程の作業を同時並行的に進め、製品開発期間の短縮と、品質向上、コスト削減を実現する手法です。
1980年代に提唱されたこの手法の考え方やコンセプトは誰もが認識しています。しかし、PLMシステムを使ってコンカレントエンジニアリング環境を実現できている事例は非常にまれです。
本質的な課題がおざなりのままなんて
理由としては、前出に4つ挙げたPLMシステム構築における課題とともに、PLMシステムを構築し、「プロダクト・ライフサイクル・マネジメント」として何を実現することで製品開発業務が効率化できるかの検討をおざなりにしたままPLMシステム構築プロジェクトを推進しているプロジェクトが多いからといえます。
SCMでいわれている制約理論(TOC)やキャッシュフロー経営との融合やERP導入時に参考にするベストプラクティスといわれる業務の最適な流れなど、基幹システムを導入するに際しては必ずビジネスプロセスの整備や理論・考え方など、業務の視点で検討されたものがシステムとして実装されています。
ところがPLMシステムの構築に際しては、「E-BOM(設計部品表)を定義しなければいけない」とか「CADデータがどこまで取り込めるのか?」といったシステムの機能面でしか語られてきていませんでした。
システムはあくまでも業務モデルを定着化させるための手段でしかありません。しかし、多くのPLMシステム構築プロジェクトではプロダクト・ライフサイクル・マネジメントという設計開発業務のビジネスモデルの定義がおざなりなまま、機能面にフォーカスしたシステム構築が進み、結果として業務効果の見えないシステムになっているプロジェクトを多く見掛けます。
モノづくりITインフラ業界にも地殻変動の予感!?
ここまでで紹介したように、いままでのPLMシステムには「高い割りに使えない」という印象がつきまとっていました。しかし、ここ数年でソフトウェア業界のルールが大きく変わり始めています。
無償ソフトウェアやSaaSサービスによる低コスト・高品質PLMの実現
Linux(WindowsのようなOS:基本ソフト)やApache(Webサーバソフトウェア)といったオープンソースの製品が企業内の基幹システムを支えるプラットフォームとして採用されたり、Googleをはじめとするさまざまな企業がクラウド上に多様なシステムを構築し、従来であれば有償であったソフトウェア類を無償または格安で提供し始めています。従来の高額というイメージを払拭(ふっしょく)する流れといえるでしょう。
このような新しいサービスを提供している企業のエグゼクティブと話して分かったのが、モノづくりITインフラ提供における、リスクテイクのあり方の違いです。
今までのライセンスビジネスモデルは、ユーザー側が一方的に大きなリスクを取るモデルでした。しかし、先に説明したとおり、このモデルには大きな問題がありました。
このとき話したエグゼクティブの方の言葉を借りれば、「これからはユーザー側だけでなくソフトウェアを提供するベンダ側もリスクを取り、一緒になってビジネスを成功させるというゴールに到達しなければいけない。そのためには初期投資をできるだけ抑え(No Upfront Cost)システム構築プロジェクトの成熟度に合わせて段階的に投資を重ねることで、ユーザー側のリスクを軽減するといったサービスモデルを作っていかなければいけない」ということなのです。
このようなソフトウェア業界の大きな流れの変化は、PLMシステム構築においては大きなチャンスです。というのも、従来よりも安価でかつ豊富な選択肢が得られますし、システム自体もずっと柔軟な発想でPLMを考える企業も現れてきているからです。
日本的コンカレントエンジニアリングをベースにしたITという考え方
PLMシステムを正しく構築すれば製品開発業務を飛躍的に改善することが可能です。また、製品開発業務の改善はモノづくりがコアコンピタンスである日本企業にとっては避けて通れないテーマでもあります。
コンカレントエンジニアリングなどは日本企業は昔から行っていました(ただし人間系で頑張って実現していましたが)。
そういった意味では、日本の企業はコンカレントエンジニアリングを推進する土壌を持っているといえます。
従来の人間系のコンカレントエンジニアリングからITを使ったコンカレントエンジニアリングに切り替わっていくことで情報の伝達と複製のスピードとコストが実質ゼロになるため、非常に大きな効果を生むことができるでしょう。
そのためにも従来のPLMシステム構築の失敗要因を共有することは非常に大きな意義があると考え、このテーマを取り上げてみました。
皆さまのPLMシステム構築の参考になれば幸いです。
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今回は「なぜ多くのPLMシステム構築が失敗するのか」というポイントを挙げてきました。あわせて、PLMシステムの構築に際しては、ビジネスモデルとしてのプロダクト・ライフサイクル・マネジメントが必要であることも、ご理解いただけたのではないでしょうか。
次回はもう少し踏み込んで、日本企業が抱える「弱い本社機能と強い現場力」という側面でモノづくり力向上の施策をご紹介していきたいと思います。
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