NSXはチタン製コンロッド採用でエンジン性能UP:いまさら聞けない エンジン設計入門(4)(3/3 ページ)
特殊鋼と同等の強度を持ち、さらに鉄の60%という軽さを持つチタンが理想的な素材としてコンロッドに採用されることがある。
カチ割りコンロッド
コンロッドに関して、“とてもユニーク”かつ“抜群の効果を得られた”工夫について説明しましょう。
従来、コンロッドを製造する際は、
- コンロッドキャップを含めた本体を一体成型
- 最終的にコンロッドキャップとなる下部を切断して合わせ面を加工
- リーマボルトとナットで締め付けた状態で大端部を真円加工
- 成型されたコンロッドを分解し、クランクシャフトに組み付ける
という手順が一般的でした。
簡単に流れを説明しただけでも、“製造コストが高い”ことを容易に想像してもらえると思います。
そこで新たな発想として見いだされた手法が「カチ割りコンロッド」です。
簡単な製造手順としては、
- コンロッドキャップを含めた本体を一体で成型
- 一体のまま大端部の真円加工を施し、大端部のセンターでカチ割る
- コンロッド、コンロッドキャップをクランクシャフトに組み付ける
となります。
このカチ割りコンロッドの何がすごいのかといえば、コンロッドとコンロッドキャップとの合わせ面を平面加工する際の位置決めやズレ防止のために用いる、リーマボルトやナット、ノックピンなどが不要になることです。
「カチ割り」という名前の通り、大ざっぱにカチ割ってしまえば合わせ面がギザギザになってしまいます(当然、きちんと計算されています)。しかし双方を組み合わせればもちろんピッタリと合致しますので、合わせ面自体が位置決めの役割をしてくれるのです(図1)。
カチ割りコンロッドにすることで、コンロッド本体にいままで必要だった各部品がかなり削減され、軽量化できます。もちろん製造工程も削減されるので、コスト面でも優れているということになります。
実際にこの手法を導入するまでには、材料の選定や割れやすさをコントロールするための熱処理の選定などで大変苦労したと想像します。それもそのはず、“切断”ではなく“割る”という手法なので、計算がとても重要になりますよね?
もちろん1つ1つのコンロッドで、微妙に寸法差(割れ目の位置)が出るので、断定した寸法を図面に指定することもできないでしょうし、「部品として合格なのか?」という線引きはとても苦労したことでしょう。しかしその苦労が見事に実り、現在はカチ割りコンロッドを採用するエンジンがどんどん増えています。
強度を保つ手段に一苦労
コンロッドにはあらゆる方向から力が加わります。強度を保ちながらも軽量化を実現させなければならないので大変です。コンロッドの強度向上という観点で、すでに認知されているとても有効な手法があります。それはコンロッドの表面を鏡面加工するという手法です。
鏡面加工することにより、コンロッドに掛かる応力が分散して折れにくくなるのです。レースの世界のように、エンジン出力を限界まで引き出す世界では当たり前のように使用する手法ですが、生産性を重視する量産車ではなかなか実現されていません。鏡面加工に近い製造手法が確立されれば、コンロッドの肉厚を大幅に減らすことができるはずですので、ぜひとも実現してほしいものです。
レースの世界ではエンジンオイルの潤滑が間に合わないほどエンジンを高回転させたり、少しでもフリクションを減らすためにギリギリのセッティングを施したりしているので、コンロッドが折れてしまう不具合もたびたび発生します。コンロッドが折れてしまった場合、運が悪ければ「コンロッドがクランクケースを突き破って外に出てくる!」という驚きの事象も発生します(「足が出る」といいます)。
量産車であっても、シリンダ内に水が浸入した状態でエンジンが回転してしまうと、コンロッドが折れることがあります(「ウォーターハンマー」)。水は空気のように圧縮できないので、エンジン回転中に水がシリンダ内に浸入してしまうと、マシンにとって致命傷になることがほとんどです。
いまは、燃費を重視して車(クルマ)を選択する時代になってきました。燃費に大きく影響する主運動部品の大幅な軽量化をぜひとも実現してほしいと思います。すでに限界を感じるほどの知識や技術が導入されているとは思いますが、カチ割りコンロッドのように発想の転換で大きく軽量化に結び付く事例もあります。
将来の技術のために、本解説が少しでもお役に立てることを筆者は強く願っております。
次回は「クランクシャフト」について詳しく解説する予定ですのでお楽しみに! (次回に続く)
Profile
カーライフプロデューサー テル
1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。
関連記事
- 本田宗一郎も苦戦したピストンリングの設計
ピストンリングは一見ただのリングだが、エンジン性能を高めるためのたくさんのノウハウが詰まっていて、設計の難易度も高い。 - 車のエンジンにも使われるスライド構造の仕組み
スライダクランクの代表例でスライド機構の仕組みについて解説。ほかにもスライド機構設計のキモを紹介する。 - 続・ブレーキってどうなっているの?
前回説明し切れなかったブレーキの構成部品についての解説。ブレーキキャリパやキャリパピストンなどにも、工夫がたくさん。 - 開発期間を従来の半分にしたIHIのCAE実践――ロケットエンジン設計から生まれた「TDM」
IHIでは多目的トレードオフ設計手法などを活用して、設計工程において後戻りが起きない仕組みを構築している。このベースとなるのは、「設計変更のたびに最適解を求めるのではなく、既に求めた解から最適解を選ぶ」という考え方だ。この手法は後戻りをなくす他にも、さまざまな面でメリットをもたらした。 - 「SKYACTIVエンジン」は電気自動車と同等のCO2排出量を目指す
好調なマツダを支える柱の1つ「SKYACTIVエンジン」。その開発を主導した同社常務執行役員の人見光夫氏が、サイバネットシステムの設立30周年記念イベントで講演。マツダが業績不振にあえぐ中での開発取り組みの他、今後のSKYACTIVエンジンの開発目標や、燃費規制に対する考え方などについて語った。その講演内容をほぼ全再録する。 - 有限要素は、シャンパンの栓(せん)なのだ
メッシュ分割とは、有限要素を作ること。でも有限要素って何なの? コルク栓に例えて分かりやすく解説してみた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.